Eternal Shine


Eternal Shine



「――早く、助けた方がいいんじゃないの? 女神さま」
 双剣士は、クスッと口元だけ冷たく笑いながらエステルを見つめた。
「何が、目的なの?」
 エステルも負けじと睨み返すようにするが、声は情けないほど震えていた。状況が状況であるし、今は精神的に不安定であったからだろう。
 剣士は目を細めて、なんでもないように視線をサフィアに移した。
「さぁ、行くわよ。いつまでもそんなでボーっとしてないの」
「答えて! 何しに来たのよ!」
「無様な貴方を見に来た、では不満?」
「ふざけないで」
 エステルの言葉に、剣士は声を上げて笑った。
「ふざけてなんかいないわ。そうね、『駒』に勝手に動かれては困るでしょう? だから。貴方たちはわたしの思い通りに動いてくれなくちゃ。――じゃあね」
「! ――待っ!」
「私を追うより、やることがあるんじゃない? あなたの大切な大切な人がいなくなっちゃうわよ?」
「…………っ!」
 エステルは息を飲んで振り返る。
「ルミー! ルミー!!」
 あらん限りの叫び声を上げながら、エステルはルミーの身体を覆う氷を殴りつけた。しかし、素手でどうにか出来るものではない。たちまちその肌は凍り付き、血がにじみ始めた。
「そんな……。どうして壊れないのっ……!?」
 悲嘆にくれるエステル。双剣士は、その姿を冷ややかに眺める。
「私たちの苦しみは、この程度じゃ癒されないのよ」
 そう小さく呟いて、彼女はサフィアの手を取り、既に彼女の事など見ていないエステルの元から立ち去った。
「……ルミー! 返事をして!!」
「エステルさん!!」
 自分の名を呼ぶ声に、エステルは顔を上げた。剣を振り上げたメディスが視界に入る。
「メディスさん!?」
「氷が緩んで、どうにか剣を引き抜く事が出来た。柄で衝撃を与えれば、どうにかなるかもしれない」
 そう言いながらも、メディスは苦しそうに呼吸している。冷気が彼を蝕んでいるのは一目瞭然だった。
(傷付いた仲間にまで、助けてもらわなくてはならないなんて……)
 今日幾度目になるかもわからない無力感に苛まれながらも、エステルは頷く。
「お願いします、メディスさん……」
「わかった」
 メディスは瞳を閉じて呼吸を整え、そして、気合いと共に剣を振り下ろす。
「はぁっ!!」
 ガキィィンッ!
「く、ダメか!?」
 メディスの剣が氷に弾かれる。傷はついたもののそれは浅くてそれからの変 化はない。
「もう一度!」
 剣を大きく振りかぶって、先ほどよりも体重を乗せもう一度同じところに振 り下ろす。が、やはり氷は砕けない。時間は刻々と過ぎていく・・・。
「クソッ! クソォッ!!」
「メディスどけ!! 今度はわたしがっ」
「アルディア!」
 自力で脱出したアルディアが震える腕で弓を引いて立っていた。
「ルミーの氷はわたしたちのものとは段違いだ! 全力で矢を叩き込む!!」
 アルディアの矢が今までみたことないほど大きく光る。まるで周りの空気全 てがそこに集まっているような、そんな感じだ。
 そのすごい力に、エステルが慌ててアルディアに駆け寄った。
「ま、待ってアルディア! そんな力でやったらルミーまで砕けてしまうわ!」
「だったら! 他にどんな方法がある!? こうしている間にルミーは・・・!!」
「他・・・・・・。他に方法は・・・・・・」
 ――ない。少なくとも今は思いつかない。
 アルディアに怒鳴られ、エステルは膝をつく。自分の無力さに涙さえ溢れてく る。
「ルミー・・・・・・!」
 ――ビキッ。
「?」
 ルミーの一番近くにいたメディスが眉間に皺を寄せる。何かが割れるような音 を聞いた気がして、よく見ているとルミーのガントレッドが赤く光を出していた。
「ル・・・!」
 メディスが叫ぼうとしたところでルミーの腕の周りの氷が割れた。それをきっ かけにルミーを固めていた氷が次々と割れ落ち、自由になったルミーが尻餅をつ いてそのまま倒れた。
「あ……れ……?」
 ルミーは、何が起こったのかわからないという表情で、辺りを見回す。
「ルミー!!」
 そんなルミーに、エステルは人目もはばからず飛びついた。
「ルミー! ルミー、大丈夫なの? 良かった……」
 しかし、ルミーは無反応だった。どこか遠くを見詰めて、ぼんやりとしたままだ。
「ルミー?」
 心配そうに呼び掛けるエステルの声も、彼には届いていない。
(あれは……一体なんだったんだろう……)
 ルミーは、一瞬前に自分が見たものを思い出そうとしていた。
 リスターに氷漬けにされ、意識を失った、その後に見たものを。
『ルミー……。ルミナス、聞こえますか……?』
 暗闇の中に浮かぶ幻影。
『諦めないで……。後悔をしたままで、死んではいけないわ……』
 優しく、温かく、そしてどこか懐かしい声。
『ルミナス……私はいつでも、あなたを見守っていますよ……』
 ――どうして、
「どうして思い出せないんだろう?」
「え?」
「ぼくは、あの人を――知っている、はずなのに」
 ルミーの頬を、一筋の涙が伝う。しかしその涙の理由は、ルミーにすらもわからな い。
 夢の記憶に手を伸ばそうと、ゆっくり瞳を閉じた瞬間、彼は再び眠りに落ちた。夢 や幻を見ることもない、深い深い眠りへと。
「――ん・・・。・・・・・・あ、れ?」  ルミーは瞬いてから目だけを動かして周りを見渡した。  室内なのは分かったが、それ以上は頭がボーッとして何も考える事が出来なかった。 「・・・・・・起きたかい?」  聞こえた声に、今度は頭も動かしてその人を視界へ入れた。 「メ、ディスさん?」 「ああ。よかった、目が覚めて」  メディスは大きく息を吐いて、座っていた椅子の背もたれに体を預けた。見るからに疲れきった顔をしている。 「すみません、僕のせいで・・・・・・。休んでないんでしょう?」 「いや・・・・・・」  そういってメディスは少し楽しそうに笑った。 「俺より女性二人の方に謝った方がいい」 「え?」  メディスの視線の先を見るとソファーで寝づらそうにして無理矢理眠っているアルディアが見え、それから自分の横になっているベッドの脇で腕を枕に寝息を立てているエステルが確認できた。 「二人とも君の看病でずっと駆け回ってたんだ。さっきまで起きてたんだけど」 「アルディア……エステル……」  ルミーは二人の姿を眺めてから、ゆっくりと首を振った。 「今は起こさない方がいいでしょうね」 「そう思うんなら、そっとしておけばいいさ。欲しいものはないか?」 「あ……いえ」 「遠慮する事はないぞ。今回、一番身体を張っていたのはルミーくんだからな」  その言葉に、ルミーは一瞬躊躇うような表情を見せた後、 「それなら、何か飲み物を……出来れば温かい物で」  そんな注文をした。 「温かい物、か……」  メディスは敵の能力を思い出して苦笑し、 「わかった。すぐに持ってくる」  軽く頷いてその場を立ち去った。  メディスの後ろ姿を見送った後、ルミーはゆっくり息を吐き出しながら、額に手を 当てた。一度にいろいろな事が起こり過ぎて、まだ頭の中が整理出来ていない。  瞳を閉じると、あの時見た幻影が、おぼろげに浮かんできた。幻影の声を聞いた時 に感じたもの――それが何なのか、心の中で形作ってみようとするのだが、どうして も上手くいかない。どんなに想像してみても、何かが欠けてしまっているような―― そんな感覚が付きまとうのだ。  アルディアに対するものとも、メディスに対するものとも、それから――エステル に対するものとも違う想い。  あれは――なに?  ルミーが思いを巡らせていたその時、彼の横で、エステルが身動ぎした。 「あ・・・・・・」  ルミーが気付いたように体を起こしてエステルの顔を覗き込む。  ゆっくりとエステルのまぶたが動き、目が半分開いたところで二度三度瞬いた。そ れから同じようにゆっくりとした動作で体を起こし、目を擦った。 「エステル?」 「!」  ルミーが呼ぶと、エステルはハッと顔を上げた。今まで気付いていなかったのだろ う、目を見開いてルミーを見つめている。 「おはよう、エステル」  微笑みながらルミーが言うと、エステルの目から大粒の涙が堰を切ったようにボロ ボロと零れ落ちた。 「ルミーッ!!」 「わっ」  エステルは勢いよくルミーに抱きつき、見た目よりもずっとしっかりとしたその胸 板に顔を埋めた。  ルミーは驚きながらも涙するエステルを抱きしめ、なだめるように優しく頭を撫で る。 「ルミー・・・。ああ、よかった。いつ目が覚めたの?」 「ついさっきだよ。ありがとう、看病してくれてたんでしょう?」  ルミーの言葉にエステルが顔を伏せる。 「・・・・・・エステル?」 「わたしが、悪いんだもの・・・・・・」 「エステルは悪くないよ! あれは」 「わたしが悪いの! わたしにもっと、もっと力があれば、ルミーはこんな目に遭わ ずにすんだのに!!」 「エステル!!」  ルミーはエステルの言葉をさえぎるように彼女を強く抱きしめた。ルミーの暖かい 体温が心地よくエステルを包み込んだ。 「あー……、ホットミルクで良かったかな? ルミーくん」  気まずそうな声が聞こえ、ルミーとエステルは同時にそちらを振り向く。そこにい たのは、湯気の立つカップを手にしたメディスだった。二人は素早く身体を離す。 「あ、いや、気にせず続けてくれ。俺は席を外すから」 「そうそう、私も寝たフリしておくしね」  悪戯っぽい口調で続けたのは、ソファに身体を預けたアルディア。顔だけをこちら に向け、目を細めてニヤニヤと笑っている。 「え、あ……?」  首筋まで真っ赤になるエステル。ルミーも似たり寄ったりの表情だ。 「今更照れる事もないだろ。普段からラブラブっぷりを見せつけてる癖に」 「ら、らぶらぶ……!?」  いちいち反応する二人を見て、可笑しそうに笑うアルディア。 「ま、そういう訳だし、行こうメディス」 「ああ、そうだな」  メディスがカップをテーブルに置いた所で、二人は立ち去った。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・えと、ミルク、飲む?」 「あ、うん。ありがとう」  しばらく気まずそうに黙っていた二人だが、エステルが切り出したことにより、 なんとか会話を再開する。  エステルがテーブルからカップを持ってきてルミーに渡し、ルミーは受け取って すぐにソレを喉に通した。 「おいしい」 「冷めないうちに飲んじゃってね」 「せっかくメディスさんが温めてくれたしね」  もう自然に会話が出来るラブラブカップル。  微笑みあっている二人の間に割り込めるものなど誰もいないだろう。