Clossing of Destinies 外伝 2

〜幻影は蒼海に揺れて(後編)〜


レイシーは、薄暗い道を歩いていた。足元は、心地良い温度の水で、満たされている。そのお蔭であろう、レイシーは、喉の渇きを感じる事がなかった。
目の前に、光が見えた。そこは、どうやら、硝子のようなもので覆われているようである。上を見上げると、蒼色の光が、網目の模様に揺らいでいた。
夢で見た景色だ、と、レイシーは直感する。――そして、自分が帰るべき場所なのだと。
いや、違う。ぼくの帰るべき場所は――。
彼女の事を想うと、まだ胸の奥が痛んだ。
突然、目の前が開けた。神殿、と呼ぶに、相応しい場所。レイシーは、真っ直ぐに、そこへ足を踏み入れた。
『よく来ましたね……』
それは、紛れもなく、夢で聞いた声であった。

セリアは、薄暗い通路を急いでいた。足元の水が、足に絡まるようで鬱陶しい。何度も足を滑らせながら、それでもセリアは、その道を走り続けた。
――あいつらに、先を越されるわけにはいかない。
「……お前が、どう思っていようと……」
セリアは、呟いた。
「俺は、絶対、お前を守る。……もう、独りにはしない!」
何度自責の念に駆られた事だろう。くだらない事に怒り、彼を深く傷付けてしまった自分に、どれだけ腹が立った事だろう。
――でも、だから。だから彼女は、戦うのだ。
「俺は、お前のために、全てを懸ける……!!」
そう、今の彼女は全て、彼のために存在するのだから。

レイシーの目の前に立っている人物は、水の大精霊とよく似ており――そう、人魚の姿をしていた。水を司る者なのだから、当然なのかも知れないが。
『あなたも気付いているでしょう、ここがあなたの生きるべき場所だと。この蒼い輝きを、心地良いと感じるでしょう?』
その問いに、レイシーは素直に頷く。しかし、ここに来たのは、そんな事のためではない。
「ぼくは、人間になりたいんだ」
人魚は、驚いたように瞳を見開く。
『なぜです!? 不老長寿の身体を捨て、あの争いが絶えない地へ、身を投じると言うのですか!?』
レイシーは、静かにそれを聞いている。
『あの女も所詮は人間……。人魚のあなたを、疎ましく感じる日が来るかもしれません。それでもあなたは、人間になりたいと言うのですか?』
レイシーは、頷いた。静かに、それでも、決意を込めて。
「確かに、ぼくらはまた、今のように、喧嘩して離れ離れになるかもしれない。でも、それが身体のせいだったら、お互いに嫌な思いをすると思うんだ」
人魚は、大きな疑問を表したような表情をした。
『そんな一時の想いだけで、人生を左右するような決断をするのですか? ……いつか、後悔する時が来ますよ』
レイシーは、首を横に振った。
「いつかセリアさんの前に、ずっと一緒に生きるべき人が、現れるかもしれない。その時は、それでいいんだ。……でも、今は」
レイシーは、一呼吸置いた。それは、人生を決めてしまうかもしれない、決断の言葉。
「少なくとも今、ぼくは、セリアさんの傍にいなきゃいけないから。……ぼくを、人間にしてください」
人魚は、深く、溜め息をついた。
『あなたは、その身体に、信じられないほどの力を秘めています。世界の運命をも、左右してしまう力を。……もしその力を取り除いてしまったら、災いが起こるかもしれません』
「……災い……?」
『そう、例えば……』
人魚は、辛そうな顔をしていた。
『大切なものを、失ってしまうとか……』
「大切な、もの?」
レイシーが訊き返した、その時。
蒼い輝きが、一瞬の内に、赤い光に打ち消させる。
『危ない!!』
人魚の姿が、かき消されるように消えたのと同時に。
レイシーは、焼けつくような痛みを、その身体に感じた。
「熱っ……!」
「おう、上手く当たったな」
聞き覚えのある声がした。
「やはり人魚、炎の術には弱いか……」
レイシーは、振り返った。
人相の悪い男。学者風の男。
「悪いですが、あなたには、人魚のままでいていただかなくては困るのですよ」
レイシーは、身体を起こした。
ここで死ぬわけにはいかない。あの術はまだ使えるはず……!
レイシーは、呪印を描いた。足元の水が波をつくり、火炎の弾を消滅させる。ガノットの舌打ちが聞こえた。
「オレに任せな!!」
波を切り裂くように、一本の矢が、レイシーを目掛けて飛ぶ。傷の痛みで避けきれず、レイシーは攻撃を、脚に受けてしまった。
「どうだ、この武器の威力は? 最新式の弓でな、ボウガンっていうんだ」
ウィデルが掲げて見せたのは、弓の下に引き金のついた、奇妙な武器であった。
「……見せびらかすのはいいが、殺さない程度にしてくださいよ。生け捕らなきゃ意味がない」
「わかって……うおっ!?」
突然の津波に、二人の男は後ろ向きに倒れる。散々もがいた後にどうにか身体を起こすと、片膝をつきながらなお、蒼い光を左腕に纏わせるレイシーがいた。
「貴様……やりやがったな!!」
「もう少し痛い目に遭いたいようですね!!」
二人の男が、攻撃態勢に入る。
しかし、そこから攻撃にはいる、僅か一瞬の隙に。二人を刃が襲っていた。
二人は振り返り、同時に同じ人物を、その瞳に映す。琥珀色の髪を、静かに揺らしている女を。
レイシーだけが、彼女の名を知っていた。
「セリアさん……」
「……遅くなったな」
セリアは、優しい微笑みを浮かべていた。

二対一という圧倒的有利な状況がなくなり、男たちは焦る。
「おい、どうするんだよ!!」
「……あの女を先に仕留めましょう」
ガノットは、そう言って、ウィデルに何事か耳打ちする。
「……そうだな。喰らいやがれ、オレ様の矢を!!」
ウィデルは素早くボウガンを構え、セリアに向けて撃ち出す。しかしセリアは、慌てる様子もなく、その矢を避けた。矢は、セリアの背後へ飛び去る。
「なっ……はずした!?」
ウィデルは間髪入れずに、二発目を撃つ。しかしそれも、あっさりと避けられてしまう。
「くっ……そんなはずは!!」
「……道具というのは不便だな」
三発目を短剣で叩き落しながら、セリアは呟いた。
「決まった方向にしか飛ばせないとは」
セリアは四本の短剣を構えた。
「……覚悟しな」
セリアは短剣を投げた。
「ふん、この程度……ぐあぁっ!?」
ウィデルの肩に、短剣が命中していた。
「な、なぜだ!? オレは確かに、避けたはず……」
「……一発目はな」
セリアは静かに言った。
「全ての短剣を、同じ位置に放つとでも思ったのか? 人間が避ける方向と距離など、ある程度は決まっているんだ。ほんの少し位置をずらせば、どれかには当たる」
「くっ……。おい、やれ!!」
「わかっている」
ガノットは、両手を上に掲げていた。その間で燃える、赤い炎。
「……喰らいなさい」
ガノットは、炎を放った。
レイシーに向かって。
「レイシー!?」
セリアは、レイシーに向かって駆け出す。
「セリアさん、だめだ!!」
呪印を描きながら、レイシーは叫んだ。しかし、もう遅かった。
ウィデルの矢は、我を忘れて走るセリアの肩を、抉るように飛んでいった。
「くあっ……」
セリアは、傷を押さえ、水の中に倒れ込む。
「セリアさん!!」
レイシーは叫んでいた。
守るんだ、セリアさんを。
――約束、したから。
「ぼくは……お前らになんか、負けない!!」
レイシーは、痛みを堪えて立ち上がった。左腕は、呪印を描いている。
「貴様に何が出来……ぐあっ!?」
ボウガンを構えようとしたウィデルの腕に、短剣が突き刺さった。
「この程度で……倒れてたまるか!!」
セリアは、荒い呼吸をしながら、それでも自らの足で立っていた。
「くっ……」
短剣を避けようとした二人の男の、足元の水が急に冷たくなる。それと同時に、二人の足は動かなくなった。
そう、凍りついたように。
「貴様か!?」
ウィデルは上半身を捻り、レイシーを見た。レイシーは、蒼い光を纏った腕を、上方に掲げる。
「止めだ!!」
鋭く尖った氷の礫が、二人の男を切り裂いていた。

「……レイシー」
痛む肩を押さえながら、セリアはレイシーに近付いた。
「すまなかった。……許してくれるか?」
「そんな、許すもなにも……」
そう言いながら、レイシーはここに来た目的を思い出し、はっとする。
「そうだ、ぼくはまだ……」
その時、再び、赤い光が灯った。振り返ると、二人の男は、足元の氷を融かしていた。
「そうです、あなたはまだ人魚。ここを壊せば、人間には戻れない!」
ガノットは、手に持った何かに火をつけた。小さく火花を出しながら、それは燃えている。
「これで終わりです!!」
ガノットは、それを投げた。それは、レイシーとセリアの頭上を越え、神殿の柱に当たる。
「命が惜しければ、さっさと逃げなさい!」
二人の男は、あっという間に神殿の外へ消えた。
「待て、お前ら一体……」
その時、神殿全体を揺るがすような、爆音が轟いた。二人は、衝撃で、宙に投げ出される。
「まさか、爆弾!?」
受身を取って起き上がりながら、セリアは叫ぶ。
「レイシー、逃げ……」
そこまで言ってセリアは、レイシーが、脚に傷を負っている事に気付く。
「お前、その怪我は……」
「セリアさん、ぼくを置いて逃げて!!」
地響きに負けないように、レイシーは叫ぶ。
「そうしないと、セリアさんまで……」
「バカっ!!」
セリアも負けじと、大声で怒鳴る。
「誰が何と言おうと、俺はお前を守る!!」
セリアはレイシーを、横抱きにしてかかえた。
「引き摺ってでも連れてくからな!」
セリアは駆け出した。
「セリアさん……」
レイシーの心は、喜びに満たされた。しかし。
一際大きな音が響いた。その衝撃で、セリアはバランスを崩す。
「セリアさん!?」
「くっ……」
どうにか体勢を立て直し、セリアは走る。しかし、地響きは、ますます大きくなる。
神殿全体が、崩れ始めていた。所々から、水が噴き出している。
入口の柱が、ゆっくりと傾くのが見えた。あれが倒れる前に脱出しなければ、生存は絶望的だろう。
柱はどんどん傾いていく。足元の水は、前にも増して絡みつく。セリアは、必死に走りながらも、心の奥では、ある決意を固めていた。

レイシーは、天井が崩れ、水が押し寄せるのを見た。
「セリアさん!!」
必死に叫んだ。どうしようもないのに。
左手で、呪印を描く。止められるはずがないのに。
セリアの背中に、大量の水がぶつかった。堪えきれずに、セリアは前のめりになる。
入口まで、あと少し、あと数歩の距離であった。しかし水は、容赦なく、セリアを床に叩きつけようとする。
「……レイシー」
セリアは、微笑んだ、ような気がした。
――とても、悲しそうに。
「ごめんな」
「セリアさ……」
レイシーの身体は、宙に投げ出されていた。そして、床に肩から落ち、一回転する。
目の端に、崩れる神殿と、床に倒れ伏したセリアが映った。
「セリアさん!!」
レイシーは手を伸ばした。しかし、その手は、届かない。
――約束、したのに。
「セリアさああぁぁぁん!!」
崩れた柱は、セリアの身体を、押し潰していた。
そして、静寂が、訪れた。

「セリアさん……」
レイシーは、片足を引き摺るようにして、セリアに歩み寄った。足元の水には、赤い色が染み出している。蒼一色の世界で、その色は、妙に鮮やかに映った。
「レイシー……」
セリアは、掠れた声を出した。座り込んだレイシーに、そっと手を伸ばす。
「ごめん……な。独りにしないって……約束……したのに、な」
セリアは、自分の死が迫っている事を、確信していた。下半身の感覚は、完全になくなっている。
「……嫌だ……」
レイシーは、柱の僅かな隙間に指を入れ、持ち上げようとした。しかし柱は、少しも動く気配がない。ただ、レイシーの指に、血が滲んだだけであった。
「いいんだよ……もう」
セリアが静かに言う。レイシーは、激しく首を振った。
「嫌だ! ぼくがわがままだったのに、そのせいで、セリアさんを死なせたくない!!」
「わがまま……か」
セリアは、閉じた瞳で微笑んだ。
「俺だって……お前の事、わかってやろうともしなくて……ただ、反発してさ……。たぶん俺は、お前の事……傷つけてた。……お互い様、だな」
「そんな……っ」
レイシーの声が震えた。セリアは、再び瞳を開く。
「俺は……お前に……たくさんのものをもらったから……。お前には、感謝してる……」
「そんな事、ない……」
首を振り続けるレイシーに、セリアはそっと、手を伸ばした。その、女性らしさを残す細い指で、レイシーの頬を撫でる。
「その、変な顔、やめろよな」
「え……?」
瞳を見開いたレイシーは、相変わらず、今にも泣き出しそうな瞳と、平然とした口元をしていた。その意味に、セリアは今、気付いた。
セリアは、瞳を閉じた。ただ、指だけで、レイシーの表情を探ろうとする。
「泣きたいなら……泣けよ。素直に泣くのも、強さだって……お前、言ってただろ?」
「……うっ……」
喉の震えが、声になって漏れる。熱いものが、胸から喉元を通り、目元に込み上げる。
それは、ゆっくりと頬を伝い、セリアの指に触れた。
セリアは、安心したように微笑んだ。
「ずっと……それだけは、言おうと思ってた……。ありがとな、俺のために……泣いてくれて……」
滑り落ちたセリアの手を、レイシーは受け止めた。
胸の中で、何かが渦巻いている。物凄く熱い、何かが。
「うわああぁぁっ!!」
レイシーは叫んだ。巻き起こった津波が、レイシーの頭上を越え、セリアの上に積もった瓦礫を押し流す。
やがて、瓦礫はすっかり視界から消え、セリアの、とても正視出来ない下半身が露わになった。不思議な事に、水は通路の中に、侵入しようとはしない。
レイシーの胸の熱いものは、今や全身に広がっていた。
『……いいのですか?』
神殿と運命を共にしたはずのあの声が、レイシーに語り掛けていた。まるで、レイシーの考えた事を、見通しているかのように。
『確かに、人魚の血なら、彼女を救えるかもしれない……。でも、それを受け入れてしまったら、あなたは二度と人間には……』
「いいんだ」
レイシーは、きっぱりと言い切った。
「約束、したから」
『……例え……』
声は、少しためらったように聞こえた。
『例え、人魚に、女しかいなかったとしても……?』
「……うん」
レイシーは、頷いた。その下半身が、ゆっくりと変形し、魚の形になる。
「たぶん、そんな事、関係ないんだ……」
レイシーは、セリアの傍らの、短剣を手に取った。瓦礫の隙間に入り込んだのであろう、その短剣は、傷一つない。
レイシーは、その刃を手首につけ、ゆっくりと引く。紅い液体が盛り上がり、雫になって流れ落ちた。
「……一緒にいるって、約束、したから」
レイシーは、その紅いものを、セリアの口に含ませた。

セリアは、蒼い光に包まれていた。その、揺らめく網目状の光から、セリアはここが、海の中だと気付く。
「何で、こんな所に……」
そう呟いてからセリアは、つい先程、自分の身に起こった事を思い出す。
「そっか、俺、死んだんだな……」
その時、セリアの目の前に、一人の少女が近付いてきた。
青い髪。藍緑色の瞳。……鱗に覆われた、下半身。
「こんな姿になっても……」
人魚は、セリアに問い掛けた。
「ぼくの傍に、いてくれますか?」
――ああ、そうか。
セリアは納得した。そして、少女に、手を伸ばす。
「お前は……」
蒼色が、砕け散った。変わりに現れた、狭い天井。
「レイシー……」
その声に、セリアの身体を抱き起こしている少女が、反応した。彼女こそ、セリアが夢に見た少女であった。
髪は長く伸びている。下半身は鱗に包まれている。そして、その身体は……。そう、明らかに、膨らみを増していた。
「……わかってくれたんだね」
「当たり前だろ?」
セリアは、微笑んだ。
「その、海の色した瞳も……ちょっと悲しそうに微笑んだような顔も……何もかも、元のままじゃないか」
セリアは、そっと、レイシーの下半身に手を触れた。鱗の感触が伝わる。
「俺を、助けてくれたんだな……」
レイシーは、頷いた。セリアは、急に胸元が苦しくなって、俯く。
「……ありがとう」
セリアの言葉に、レイシーは、微笑みを返した。そして、あの問いを、口にする。
「こんな姿になっても……ぼくの傍に、いてくれますか?」
「当たり前だ……!」
セリアは、レイシーの華奢な身体を、両腕で抱き締めた。
「人魚でも、女でも……そんな事、関係ない。 俺はずっと、レイシーの傍にいる……」
セリアは、レイシーの瞳を見た。
もう一度、約束しよう。ずっと追い求めていた、あの言葉を。
「もう、独りには、しないから……」
セリアは、レイシーを、きつく抱き締めた。レイシーの肩に、温かい雫が触れる。
「セリアさん……」
レイシーは、セリアの頭に触れた。
「ありがとう……」
その時、レイシーの身体が、蒼い光に包まれた。
「うわっ!?」
セリアは思わず、瞳を閉じた。
『よく、決断しましたね……』
レイシーは、もう一度、あの声を聞いた。それと同時に、身体に変化が起こる。
『肉体をこの姿に保つのは、あなたの意志……。その強い想いがあれば、大丈夫でしょう』
人魚の笑い声が聞こえた。先程までと違い、いたずらっぽい、その声。
『どうか、素敵な彼女と、お幸せに。私もずっと、見守っています……』
光が、消えた。セリアは、恐る恐るといった感じで、瞳を開く。
「今のは、一体……レイシー!?」
「……ん?」
驚いた様子のセリアを、レイシーは静かに見た。
「お前、足が……」
「……ああ」
レイシーは、静かにその言葉を受け止める。
「何だか、結局、元に戻れたんだ」
「……そうか」
セリアは、頷いた。が、まだ何かが気になる。なんだか、違和感のあるような気がするのだ。
しかしレイシーは、何事もなかったかのように、立ち上がる。
「とりあえず、外に出ようよ。もしかしたら、また崩れ始めるかもしれないし」
「あ、ああ」
セリアは頷いた。何か、もの凄く重大そうな事を、胸に秘めながら。

洞窟の外は、入った時と変わらない風景が広がっていた。
そう、二人の心の中以外は、何一つ変わっていないのだ。そしてきっと、これから先の二人も、変わらない関係が続くのだろう。
「なあ、レイシー」
セリアはゆっくりと振り返った。
「これから、どうし……うん!?」
そして、異変――すなわち、違和感の正体――に気付く。
「お前、背が伸びてないか!?」
「え、あれ、ほんとだ……」
レイシーの身長は、セリアより頭半分ほど低かった。しかし今は、目線がほぼ同じ高さにある。
「そういえば、お前。何となく顔が……」
そう、どこが、と訊かれると困るが、レイシーの顔は、確かに変化し――そう、男っぽくなっていた。
「……そっか」
急に可笑しくなって。セリアは笑う。
「なるほど、な」
「……どうしたの?」
首を傾げるレイシーに、セリアは言った。
「簡単に言えば……お前、人間になったんだよ」
「えっ!?」
レイシーの表情が変わる。驚きに、その次は喜びに。
「そう……なんだ」
その声は、少し掠れているような気がした。そのうち、低くなるのかもしれない。
「じゃあ……」
レイシーは、セリアの瞳をじっと見た。
「今度は、ぼくが、セリアさんの魔法を解いてあげるよ」
「……は?」
訳がわからず、セリアは問い返した。
「俺は、魔法なんか……」
「……目を閉じて」
半ば強引に、レイシーは言う。セリアは渋々、それに従った。
レイシーは、セリアの首の後ろに、手を回した。
――何かが変わってしまっても、ぼくらはぼくらでいられるって、わかったから。
「いくよ……いち、にの、さん!」
セリアは、頭の後ろの拘束が、急に解かれたように感じた。瞳を開けると、身体の横で、琥珀色のものが揺れていた。
セリアの髪が、柔らかく広がっていた。
「……やっぱり」
レイシーは、微笑んだ。
「髪ほどいてた方が、綺麗だよ」
レイシーの真剣な眼差しに、セリアは真っ赤になる。
「ばっ、バカ、恥ずかしい事言うなよ……」
それから、咳払いすると、レイシーに背を向けた。
「……今日だけだからな」
「……え?」
レイシーは、首を傾げる。
「今日だけは、女でいて……あげる……わ」
たどたどしい言葉遣い。レイシーは、くすくすと笑う。
「別に、無理しなくていいよ」
セリアの耳元が、赤くなった。
「俺がそうしたいだけだ、……あ」
セリアは溜め息をついた。
「やっぱり、慣れない事は難しいな」
セリアは、苦笑する。
「……いいんだよ、いつも通りで」
レイシーも、笑った。
そう、いつも通りのセリアさんが、ぼくは……。
その言葉は、いまは大切に取っておこう、とレイシーは思った。
しばらくは、このままの二人でいたいから。

「……まったく、世話が焼ける」
物陰で、一人の男が呟いた。琥珀色の髪が、風に揺れている。
「さーて……こいつらは、どうしようか」
男は、傍らの、縄で縛られた二人組に、視線を移した。
「ゆ、許してくださいよ……」
人相の悪い男が言った。その悪役顔も、今は情けなく歪んでいる。
「まさか、シリウス様の妹とは……ひぃっ」
学者風の男は、短剣を突きつけられて悲鳴を上げた。
「悪いが、妹を傷つけた奴には、容赦しないんだ」
『そ、そんなあ……』
情けない声を上げる二人に、琥珀髪の男は笑みを送る。
「ははっ……冗談だよ。結果的には、あの二人の恋に貢献した訳だしな……。役所に突き出すだけで、許してやるよ」
災難なのに変わりはなかったが、二人組がほっと息を吐いたのは、言うまでもない。


〜後書き〜
ああ、相変わらずお熱いですね、お二人さんは……。主人公カップルは、あんな状態(外伝1参照)だというのに……。
今回は、本当に、書いてて赤面ものでしたよ。相変わらず、本編よりシリアスですが……。ま、ラストはハッピーエンドですから、許してください。
しかしみなさんは、初期設定では、あんなシーンやこんなシーン(ヒント:人魚姫の物語では……)があったなんて、想像つかないですよね。

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