Eternal Shine

もうすぐ、夕陽も沈もうとしている頃。
 道行く人でごった返す街に、一人の少女が辿り着いた。
 華奢で可憐な少女。しかしその全身には、数え切れない程の傷が刻まれている。
「早く……見つけなくては……」
 少女は視界も定まらぬまま、一歩、また一歩と歩みを進め――しかし、ついに力尽きる。
 倒れた少女の右腕には、禍々しい輝きを放つリングがはめられていた。


Eternal Shine


「・・・・・・ん・・・・・・」
少女はゆっくりと目を開けた。
覚めきらない頭でようやくわかった事は見覚えのない天井だという事だけ。
「あ、起きた?」
次に視界に入ってきたのはいかにも活発そうな少年で、ニパっと人懐っこそうな笑みを浮かべている。
「あ、あなた……。わたしを、助けたの?」
 少女の問いに、少年は大きく頷く。
「すごく心配したんだよ。死んじゃうかと思った……」
「そう……ありが」
 少女の言葉は、リングの輝きに遮られた。
「うっ!!」
 呻き声を上げ、右腕を押さえる少女。
「どうしたの!?」
 心配する少年の手を、乱暴に払いのける。
 邪悪な輝きが、部屋中に満ちていた。
「いや、だめ・・・。やめて・・・!!」
右腕を押さえる手に力をこめて少女は叫んだ。
リングの輝きは一瞬勢いを増して唐突に消えた。
「い……今の、何……?」
 そう問いかける少年の声は震えていた。しかし、少女の苦しみを少しでも分かち合 いたいと、再び手を伸ばす。
 少女は、少年の優しさを、痛いほどに感じた。嬉しくて、思わずすべてを曝け出し てしまいそうで……でも。
 少女は、拒絶する。少年の手を、冷たく払いのける。
「わたしに触れないで!!」
 少女の瞳は、ダイアモンドのように強固な輝きを放っていた。
少年は弾かれた手を空に浮かせたまま驚いて静止していた。
「ご、ごめん・・・」
ようやく口から出たのはこの一言で、それからしばらくは沈黙が部屋中を支配していた。
動いたのは、少女。
シーツを退けてベッドから降りようとする。
床についた足がふらつくが、その足を叱咤して出口のほうへ歩き出した。
視線をそらしていた少年は少女の行動に驚いて慌てて止めに入る。
「だ、ダメだよ! まだ寝てないと!!」
「わたしは……」
 少女は、悲痛な瞳を少年に向ける。少年とそう年の違わない少女なのに、なぜこん な光を瞳に宿せるのだろう。
「他人を巻き込むわけには、いかないのです」
 きっぱりと言った少女は、凛と咲く花のようで……そう、美しくさえあった。
 その胸に秘めた悲しい決意が、彼女の強さを際立たせる。
 すべての元凶は、彼女だった。
 何人もの優しい人々が、彼女のために傷つき、倒れた。
 本当はもう、誰とも関わりたくないのに……「あれ」を見つけない限り、待ってい るのは最悪な結末で。
 だけど、だから、せめて……自分と年も違わない少年の未来を、絶ってしまいたく はなかった。
 だが、すべては遅すぎた。
 遅すぎたのだ。
「・・・うん、わかった」
「え?」
自分の世界に入っていた少女は少年のその一言で現実に呼び戻されて、少年の顔をみてまた思考を停止させられた。
――――どうして、笑顔なの?
先ほどまで恐怖で震えていたのに、どうしてそんなに屈託の無い笑顔を浮かべる事ができるのだろう。
「ごめん、事情も知らないのに横から口出して。・・・気を付けて、な」
少女はこの少年底なしの暖かさに思わず泣きそうになったが懸命に堪えてドアノブを握った。
カチャ
「・・・あ」
 そこには、剣士風の格好をした男がいた。男は静かに、少女とその後ろの少年を見 詰めている。
 底知れぬ闇を宿した、その瞳で。
「まさか……!?」
 男は剣を抜き放つ。描かれるのは、闇色の軌跡。
――始まって、しまった。
「下がって!!」
 少女は少年に向かって叫ぶと、ふらつく足に全身の力を込め、男の瞳を見据える。
 ダイアモンドの光で、男の闇を打ち砕くかのように。
「我はこの者を、闇の力にて封印す……」
 少女の唇から、呪文が零れた。しかし、男の剣は――立っているのがやっとの少女
に、容赦なく振り下ろされる。
少女は辛うじてその一撃を回避する事が出来たが、避けたあとの体勢を整える力は今の彼女にはない。
少女は呪文の続きを唱える事もできず、再び男の剣が弧を描くのを見ているしかできなかった。
(―――こんなところで・・・!!)
そう思っても少女の体は動かない。
「やめろぉ!!」
「な・・・」
少年が剣を握る男の手にしがみ付いた。己のもつ最大の力でその剣を止めた。
「早く!! 逃げるんだッ!!」
「逃げるなんて……そんな……!」
 少年が、男に敵うはずがない。ここで逃げるということは、すなわち少年を見捨て るということ。
(しかしわたしは……ここで死ぬわけにはいかない……)
 少女は途惑い、立ち尽くす。
「どうしたの!? 早く逃げて!!」
 少女に向かって、声が飛ぶ。少年の、強く……温かい声。
「ぼくは……弱いけど……でも! 君を護りたいんだ!!」
 少年の瞳が、少女の瞳に映る。
 そこにあるのは、純粋な意志。
 一片の汚れもなく――いや、汚れすら焼き払ってしまうかのような。
 ルビーの色に輝く瞳。
 ついに弾き飛ばされた少年に、少女は手をかざす。
(お願い……あなたに、汚れなき意志があるのなら!)
「汝の意志を力に変えよ――紅玉の力を宿せ!!」
 少年の瞳が、目映い輝きを放った。
(・・・なんだろう、力が・・・。力が湧いてくる・・・!!)
今までに感じた事の無いぐらい強力で、異質な力が少年の中を突き抜ける。
不思議と怖いとは思わなかった。むしろこの力は暖かいモノだと、そう思った。
(これなら、あのコを護れる!!)
少年は立ち上がって輝きの消えない眼で目の前の敵を睨みつけた。
男は一瞬怯んだようになった後、意を決したように少年に斬りかかって来た。
どうやら先に倒さなければいけないのは少年のほうだと男は判断したようだ。
(見える。さっきまでとはまるで違う)
少年は軽やかな動きで男の剣を避ける。次の攻撃まで予測しているような正確な動き。
格闘技の心得など無いはずなのに、と少年は自分でも不思議に思う。
少年の動きを見て、少女はフッ、と笑う。
(あなたの強さは……本物だったようね)
 その途端、少女の身体から力が抜けた。少女は、壁に身体を持たせ掛け、ずるずる と座り込む。
「さあ、目覚めさせるのよ……本当の、力を」
 その声はひどくかすれ、囁きにすらならなかった。しかし少年の心に、彼女の思い は確かに届いた。
(お願い……ぼくの心が、彼女を護りたいって想いが、力になるのなら!)
「宝珠ルビーよ……炎の力で闇を祓え!!」
 少年の突き出した拳から、炎が湧き上がる。それは、男の身体を包み込み、紅の輝 きを放つ。
「ぐあ……あ……」
 男はフラフラと後退り、バタッと倒れた。彼の纏っていた邪悪な力は、すっかり消 え失せている。
「や……やった……!」
 少年は、少女の方を見た。
 少女は微笑みながら、右手をすっと上げる。
 パン、と軽やかに弾いた少年の手には、ルビーを埋め込んだガントレットがはめら れていた。


「凄い力だよね」
少年は自分の手にはめられているガントレットを見てそう言った。
マジマジと見ている姿が微笑ましい。
「君、こんな力を持ってたんだ?」
「わたしの力じゃないわ」
少女はきっぱりと少年にそう言った。
不思議そうに首をかしげている少年を少女は笑って、言葉を付け足した。
「それはあなたの心の力。あなたの汚れなき強い意思がそれだけの力をよんだのよ」
「そう……なんだ」
 少年は、曖昧な笑顔で首を傾げた。
「ぼく、自分が特別な力の持ち主だなんて思わなかった……」
「でも、倒れていた私を助けてくれたでしょう?」
「そんなの、当たり前だよ」
 少年の答えに、少女は微笑んだ。
 当たり前の感情、それがどれだけ大切なものか、彼女は知っている。心の力を引き 出す――それは、他人の心の闇をのぞく行為でもある。そう、今もそこで倒れてい る、あの剣士のように。
 人の心を覆う闇。それを祓う事こそ、彼女の使命。
 そして、その使命を果たせなかった時――
 彼女の腕のリング――ブラックダイアモンドの力が、世界を滅亡させる。
 そう、彼女は救世主であり――同時に、魔王なのだ。
「ところで・・・。あの人、大丈夫なの?」
少年の視線が剣士へと移る。心配しているのと、また襲われたりしないかという不安が瞳に込められていた。
「大丈夫。また襲ってはこないし、しばらくすれば目覚めると思うわ」
「本当?」
「ええ。貴方が彼を救ったもの」
ぱっ、と少年は明るい笑顔を浮かべた。安心したのか、剣士のほうに近づいて看護をし始める。
その少年のようすを見ながら、少女はまた微笑んだ。
「あ、そうだ!」
「どうしたの?」
少年は座ったままの少女の方を向いて最初のように人懐っこそうな笑顔を見せた。
「ぼくの名前はルミナス。みんなはルミーって呼ぶよ。君の名前は?」
少女もつられるように笑って自己紹介をした。
「わたしはエステル。よろしくね、ルミー」
「うう……」
 その時、剣士が目を覚ました。
「あ、あれ?」
 キョトンとした剣士に、エステルは微笑みかける。
「お目覚めのようですね。気分はどうですか?」
「気分……気分か」
 剣士は、顔をしかめる。
「今はいいが、先程までは最悪だった。何か、俺の中の恨みつらみが、一気に噴き出 したような……そんな感じだった」
「……そうですか」
 沈んだ表情をするエステル。剣士は、困ったように手を振る。
「おいおい、君が落ち込むような事じゃないだろう。君のせいじゃないぜ?」
「…………」
 エステルは、更に視線を落とした。その手が無意識に、右腕のリングを握る。その 途端、手のひらが焼けるほどの熱が走った。
「熱っ!」
「どうしたの!?」
「どうした!」
 心配そうに、エステルをのぞきこむルミーと剣士。
 エステルの表情は強張り、服の裾を握り締めた手は、小刻みに震えている。
(何……? この力は、一体……)
そう考えている間も熱はどんどん高くなっていって、肌が焼け落ちないのが不思議なぐらいだった。
「う・・・あ・・・」
「エステル、エステル!!」
「大丈夫か!? どうしたんだ?」
ルミーが呼ぶ声も剣士の語りかける声も遠くで聞こえるような気がする。
だんだんと遠くなる二人の声を聞きながらエステルは意識を手放した。


 エステルの意識は、闇の中を漂っていた。一面の、何もない暗闇。その中に、一人 の少女が佇んでいる。
 彼女の姿は、エステルとよく似ていた。長い金髪、華奢な体躯、年齢の割に大人び た表情。
 ただ、一つだけ――
 少女の瞳は、漆黒の闇の色をしていた。
 少女は、エステルに問う。
「どうしてあなたは、わたしに抗おうとするの? 苦しみも怒りも憎しみも、誰より も強いあなたが」
エステルはその問いに微かに眉を寄せた。
少女はそんなエステルを真っ直ぐ見据えたままもう一度同じ事を聞いた。
「ねぇ、どうして?」
少女は答えを促すように目を細めた。
微笑んでいるようにも見えたが、その瞳は決して笑っていない。
「・・・苦しみも、怒りも憎しみも。わたしは全て知っているから・・・」
「だから?だからわたしを拒むというの?」
「そうよ」
ふっ、と少女は笑った。
「じゃあ……」
 少女は、エステルに向かって手をかざす。
「初めて知った感情を、あなた自身が壊すとしたら?」
「え……?」
 少女の手の中に、闇の球が現れる。周囲の闇よりも密度の高い――それは、負の感 情の塊。
「知るがいいわ……自分自身の無力さを」
 ひゅっ、と。小石でも放るかのように、少女はそれを、エステルに向かって飛ば す。
「……っ!!」
 感情を、エネルギーに変える力。それは、エステル自身の力であり――そう、あの 少女こそ、まさにエステル自身。
 高密度のエネルギーが、エステルを消滅させるかに思われた、その時。
「エステル! エステル、しっかりするんだ!!」
 紅色の光が現れた。
 ふっ、と、唇の端を歪めたのは、闇色の瞳の少女の方。
『初メテ知ッタ感情ヲ壊シテアゲル』
「! だっ……だめ――――っ!!」
 闇の塊は、紅色の光とぶつかった。
「ルミ――ッ!!」
エステルはその二つがぶつかった所に向かって反射的に叫んだ。
少女はエステルと同じ方向を見たまま、エステルに向かって語りかける。
「さぁ、どうするの? このままだと本当に壊れちゃうわよ?」
少女は、ふふ、と唇をゆがめたままわらう。
まるで蒼白するエステルを嘲笑っているようである。
「ルミー! ルミィ!!」
体が思うように動かない。
止めなければ、そう思うのに指一本ですら体の自由はきかない。
「・・・もう、壊してしまっても・・・。――――イイ?」
「い……や……」
 エステルの姿が一瞬揺らぎ、風に吹かれたろうそくの火のように、消滅しそうにな る。少女は、楽しそうに――見世物でも見ているかのように、笑う。
 その時。
「エステル!」
 ルミーの声がした。闇に潰されかけたはずの、ルミーの声が。
「エステル! ぼくはここだ……」
 ぐっ。ないはずの温もりが、エステルの手を包む。
『ぼくは……ここにいる!!』
 キィン……!
 紅の光が目映く輝き、辺りの闇を祓う。
 そして、光が収まった時。エステルの瞳に、心配そうにこちらを覗き込むルミー の、紅色の瞳が映る。
「……ルミー……」
 ルミーの両手は、エステルの右手をしっかりと握っていた。
 右手。腕のリングの光は消え、心なしか、色も澄んでいるように見える。
「エステル……良かった」
 ルミーは安堵の溜め息を吐き、また屈託のない笑顔を浮かべた。
”フフ……なるほどね。なかなかの力の持ち主だわ”
 エステルの内側から、何かが語りかける。
”いいわ……。もう少しだけ、待っていてあげる”
 その言葉に、エステルの全身の力が、ふっと抜けた。
「わっ……エステル!?」
 慌てるルミーと剣士の声も、どんどん遠くなっていく。
 幾日振りかの深い眠り。悪夢はもう、見ないだろう。


ルミーはベッドに横たわるエステルを見つめる。
エステルの寝顔は穏やかで、本当にゆっくり眠っているようだった。
「・・・でも、ちょっと寝すぎかな・・・?」
意識を失ってから丸2日。最初は心配してなかったルミーも流石に気にかかってきた。
よほど疲れていたのだろうとも思うし、意識を失う前だって立てないほどだった。
ずっと張詰めていたものが切れたように眠るエステルの頬をルミーが撫でる。
ピク、とエステルの睫毛が揺れた。
「ルミー……?」  呟くエステルに、ルミーは頷く。
「ずっと、傍にいてくれたの?」
「うん」
「……ありがとう」
 エステルのせいで危険な目に遭ったのに――気が狂ったように叫ぶエステルの姿す ら、見ていたはずなのに。
 ルミーはまだ、エステルの傍にいてくれる。
 ――こうして、優しい微笑みすらくれる。
「ルミー……」
 ベッドから起き上がるエステル。ルミーの静止も聞かず、ベッドの上に腰掛ける と、真っ直ぐに背筋を伸ばす。
 真剣な瞳に宿るのは、ダイアモンドのように強固な決意。
「わたしは、あるものを探さなくてはなりません。自分自身の闇を祓うために――」
 それは、自分自身との戦いだった。
 だから、誰も傷つけたくないと思っていた。
 ――きっとそれは、ただの思い上がりと、わがままに過ぎなかったのだろう。
「ルミー」
 エステルは、ルミーをじっと見つめる。彼の手のガントレットは、消えていない。
むしろ、この前よりもずっと、ルミーに馴染んでいるように見えた。
 一呼吸置いて、エステルは告げる。
「あなたの力を、貸してください」
ルミーはエステルの真剣な瞳に笑んだ。
「僕でいいなら」
そういってルミーは片手を差し出す。
エステルはその手を握り返して、安堵したように笑みをこぼした。
「貴方じゃないとダメなの」
「うん」
「“うん”って」
クスクス、とエステルは笑った。今までにない、楽しそうな笑い。
ルミーはその笑顔につられて笑う前に思わず見惚れた。
エステルがその名を呼ぶまで、ルミーは呆けていた。
「それで、ルミー……。次はどこに行くのか、決めなきゃいけないんだけど」
「あ? ああ、うん!」
 ボンヤリしていたルミーは、はっと我に返る。
「えーと、エステルは、どっちの方から来たの」
「私……?」
 エステルは軽く首を傾げる。
「地図をちゃんと見た事はないんだけど、おそらく西の端の方じゃないかしら」
「じゃあ、東の方に向かえばいいんだね……っと、まずは世界地図を買うのが先決か な」
 エステルは地図を持っていないようだし、ルミーの方も今までは不必要だった。そ ういえば、旅支度も済ませていない。
「買い物……ですか?」
「うん。エステルも、2日間も何も食べてないんだから、お腹空いてるでしょ? お いしい物でも食べようよ」
「……はい」
 ルミーは、ごく普通に手を差し出した。エステルは、その手を握って立ち上がる。
「さあ、行こう!」
「ええ!」


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コメント

長編書く時間がなかなか取れないので、気軽に書ける作品を作ろうと提案したのが きっかけ。
陽雲様のお蔭で、おもしろい作品になりそうです
  鈴掛依音


リレー小説初体験です。そして僕の部分はどうなんでしょうね?
この出来の違い。
鈴掛さまのフォローがあってこそここまでの作品になったのでしょう。
足を引っ張ってごめんなさい。
  星月陽雲


('03/11/1)