Eternal Shine
Eternal Shine
「えぇっと、買い物はこのぐらいでいいよね?」
ルミーとエステルは一通りの買い物を終えて、簡単に食事をとっていた。
ルミーはいくつかある袋を覗いて中身を確認している。
「地図は買ったし、日持ちする食料もあるし・・・」
「そのぐらいじゃないかしら? あまり荷物があっても大変だし」
指を折りながら数えるルミーをみて、エステルも考えながらそういう。
「うん、そうだね。足りない物があれば次の町で買い足せばいいしね」
「次の街は……えーと、フェイノリア城下町?」
エステルが地図を覗き込みながら言うと、ルミーも頷く。
「うん、あそこはぼくも、何度か行った事があるよ。すごく大きな街で、遠い国から来た人なんかもいて、すごく賑わってるんだ」
「それなら、何か情報が得られるかもしれませんね」
エステルが笑顔を見せた、その時。
「フェイノリアは……やめておけ……」
呟くような、しかしはっきりとした声がした。
「命が惜しいのなら、な……」
「お、お前は……!?」
ルミーが立ち上がるより早く、その人物の姿は消えていた。人込みに紛れてしまったのか、どんなに辺りを見回しても見つからない。
「あ……あの人……」
ルミーは、エステルに視線を移す。
エステルは、震えていた。
「瞳が……闇の色を……」
「エステル、行こう!」
ルミーは、店中に響く声で言った。一瞬で集まった視線にもたじろがず、エステルを見詰めたまま、言葉を続ける。
「先回りして、なんとかぼくたちの力で止めるんだ! そうすれば、誰も傷つかない……」
ルミーはそこで言葉を切り、微笑みを浮かべる。まるで、エステルの心の深い傷を、癒してくれるような笑み。
「大丈夫……今は、ぼくがいるんだから」
一瞬の迷いもなく、ルミーは言った。
エステルは、無言で頷く。沸き起こった拍手と歓声に、少しだけ顔を赤らめながら。
半日程度してから、二人はフェイノリアについた。
フェイノリアはルミーの言った通りさっきまでいたところとは大違いで、かなり大きい。
エステルは一瞬だけ驚きのあまり呆けてしまった。
「・・・エステル、どうかした?」
「あっ。な、なんでもないわ」
エステルはすこし恥ずかしそうに口元も抑えてはにかむように笑う。
「そう? ならいいけど。・・・それにしても、さっきのあの人はもうここにいるのかな」
ルミーはそういってあたりを見回す。
フェイノリアはいつも通り賑やかで、コレといった異常は見られない。
「もしかして、うまく先回り出来たのかな?」
「さあ……。でも、油断は出来ないわ。『あの子』の能力は、私にもわからないのだから……」
エステルの言葉に、ルミーも気を張り詰める。
その時、街の奥から、男にしては甲高い声が響いた。
「皆の者、道を空けよ! アルディア姫のお通りじゃ!!」
その声に、道の真ん中から一斉に人影が退いた。
「……アルディア姫?」
「ああ、この国のお姫様だよ。……そっか、今日は十八歳の誕生日式典の日だったんだ」
道の真ん中を豪勢な行列が突っ切っていく。
「通りでいつも以上に賑やかだったわけだね」
「あっアルディア姫って、あの人?」
豪華な列の中の一際目立つ馬車が2人の近くにまで来た。
馬車のなかには綺麗に着飾った女性が座っていた。おしとやかに座る彼女を見てルミーが微かに笑った。
「どうしたの?」
「ちょっと・・・。がんばってるなぁ、と思って」
「?」
エステルはルミーの言葉に首を傾げて、通り過ぎるアルディアを目で追った。
「きゃあぁぁっ!!」
突然響いた悲鳴。
「アルディア姫!?」
先に飛び出したのは、ルミーの方だった。人込みを掻き分け、必死でアルディア姫に近付こうとする。エステルも、慌てて後を追う。
「うう……あなた、何を……ああっ!」
アルディア姫は、瞳を大きく見開き、何かから逃げようとしている。護衛兵たちの声にも反応せず、何もない空間を見続けている。
「まさか……あの子が……!?」
呟くエステル。少し前を走るルミーは、ようやくアルディア姫のもとに辿り着いた。
「アルディア姫、しっかりしてください!!」
「うう……」
アルディア姫は、見えない何かと戦っているように見えた。しかし――その表情は、一瞬にして消え去る。
「く……はっ! あははははは! ……死ね」
彼女に似合わない、邪悪で冷酷な笑いが響き――そして。
光の刃が、アルディア姫の身体から放たれる。
「うあっ!?」
アルディア姫の放った光の刃がルミーを切りつけた。
左肩を深く切りられて、ルミーはその場に尻餅をついた。
「ルミーッ!?」
「う、っぅ・・・」
肩から真っ赤な血が、腕をつたって水溜りをつくる。
ルミーは辛そうに顔を歪めて肩を押さえた。
「ルミー! しっかりして!!」
「・・・だい、じょぶ・・・」
「だから忠告したのに・・・。命が惜しいなら、と」
エステルは声のしたほうに勢いよく顔を向けた。
闇の色の瞳が、エステルを見詰めていた。それは、前の街――オークルタウンで見かけた、あの男だ。
「あ……あなたは……」
「フフッ……ごきげんよう。外の世界で向き合うのは、初めてかしらね?」
男は、顔に似合わぬ口調で言う。エステルにとっては、聞き慣れたあの口調で。
「あなたは仲間を見つけたようだから、私も配下を手に入れることにしたの……」
男は――男の姿をしたもうひとりのエステルは、ずい、とその顔をエステルに近づける。
「ねえ、私が本気になれば、こうして他人を支配下に置くことも簡単なのよ? ……そう、汚れなき心の持ち主でさえ」
「……アルディアに……姫に、なにをしたんだ!」
叫んだのは、傷ついたはずのルミーだった。傷の痛みを堪えながらも、強い眼差しで男を睨みつけている。
男は、口元を歪めて笑った。
「簡単なこと……強き心の方向を、曲げてやればいいのよ」
男はそういって笑ったままアルディアを見た。
アルディアはその視線に答えるように冷たい笑みを浮かべてルミーに手の平を向ける。
「ア、アルディ・・・ア・・・」
なんとかしなくてはならないのに、ルミーは痛みで動けない。
身体を動かそうとしても耐えがたい痛みが全身に走る。
「エステル・・・・・・逃げ、て・・・」
「そんなことできるわけないじゃない!! 今度はわたしが貴方を守る!」
エステルはルミーを強く抱きしめて、アルディアとの間に入った。
「フフフ・・・いいわね、すばらしいじゃない? ・・・でも、それだけじゃどうにもならないってことを知ったほうがいいかしら」
「・・・・・・死ね」
アルディアの手の平に力が集まる。
「そこまでだっ!!」
「何っ!?」
男――もう一人のエステルが、声がした方を見る。つられてルミーとエステルも、
そちらに視線をやった。
陽の光を浴びて、跳躍する男――その手には、剣が握られている。
「がっ!?」
アルディアが悲鳴を上げ、前につんのめる。手の平の光は、拡散して消えた。
「あ、アルディア!?」
地面に倒れたアルディアに、ルミーが慌てて駆け寄る。
「心配いらない……柄で殴って気絶させただけだ」
「あ……あなた、あの時の……」
助太刀に入った剣士――それは、オークルタウンで二人が助けた、あの男だった。
「メディスと呼んでくれ。……君たちが心配でな、この街に向かったって聞いて、急いで駆けつけたんだ」
メディスは微かに笑んだ顔を引き締めて、男を見た。
「そういうわけで、この2人に助太刀させてもらう。・・・それに、俺も無関係ではなさそうだ」
鈍く輝く剣を真っ直ぐ男にむけてメディスは言った。
「・・・嫌だわ。邪魔が入るなんて」
そう言ってもう一人のエステルは、くつくつ、と笑う。
だが、目が笑っていない。むしろ先程よりもいやな色を帯びているようにも見える。
「まあ、今回も見逃してあげる。邪魔が入ったせいでやる気なくしたわ」
男は踵を返して人ごみの中へと足を進めた。
ああ、と思い出したようにもう一度顔だけ振り返ってエステルを見た。
「アルディア姫の心は完全にわたしが操作してしまったから。元には戻らないかもしれないわね」
「そんな……アルディア……つっ!」
ルミーは、呆然としたまま歩きかけたが、傷の痛みにうずくまった。
「……治療が先よ、ルミー」
エステルは半ば強引にルミーの腕をつかむと、病院のある方へ歩き出そうとする。
「だ……だめだ! このままじゃ、アルディアが……」
「……いや、エステルさんの言うとおりだ、ルミー君」
そう言ったのはメディスだった。二人に話しかけながらも、視線はアルディアから離さない。
「君の気持ちもわかるが……今の姫君相手に、怪我した君では到底太刀打ち出来ないだろう」
「……っ」
メディスの言葉に、ルミーは唇を噛む。
メディスと言うとおり、力量の差は歴然としている――ことに、もし彼女があの感情を原動力にしているのだとしたら。
「今、警備兵が全力を挙げて住民を避難させている。俺も、出来る限りのことはするつもりだ。だから、姫君のことは任せて――今するべき事をしろ」
ふっ。一瞬、ほんの一瞬だけ、メディスはルミーの方を見た。優しい眼差しだった。
「……姫を、助けたいのだろう?」
「……はい!」
ルミーはメディスの視線に答えるように力強く頷き、エステルの肩をかりて立ち上がった。
「ルミー、歩ける?」
「大丈夫だよ。ありがとう、エステル」
「・・・なっ・・・」
メディスの驚愕する声が聞こえて、二人は視線の先を追う。
「・・・殺、す」
「アルディア・・・」
「まさか、もう意識が戻るなんて」
アルディアがゆっくりと立ち上がってルミーとエステル、そしてメディスを見た。
彼女の目は意識を失う前よりも普通でない、異常な輝きを放っている。
「殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す・・・!!」
目を焼くほどの輝きが、アルディアの手に集中する。
「みんな、下がって!」
前に出たのはエステルだった。右腕のリングが、目映く輝いている――澱みのない、虹色に。
「光よ、我が前にて綾を織り成し、金剛の盾となれ!!」
呪文に紡がれた力が、エステルの前で具現化する。その巨大で強固な盾は、アルディアが放った刃ですら、傷ひとつ付かなかった。
エステルは一瞬、ルミーとメディスに視線を移す。
「メディスさん、今の内に……ルミーを病院へ運んでください!」
その言葉に、ルミーは激しく首を振る。バランスを崩しそうになりながら、なおも大声で叫ぶ。
「だめだよ! エステル一人を残すなんて……」
「……心配いらないわ、ルミー」
エステルは、ルミーに向かって微笑んだ。
「今まで迷惑をかけた分、ここで頑張るから……だから、負けたりしない」
「エステル……」
「……行こう、ルミー君」
メディスのがっしりした手が、ルミーの身体を支えた。
「出来るだけ早く傷を治して、エステルさんに加勢するんだ」
「はい……わかりました。……エステル!」
ルミーはエステルに呼びかける。
「絶対……絶対すぐに戻ってくるから! だからそれまで……」
「……わかってるわ」
二人を見送り、エステルはアルディアに向き直った。
「殺す……殺してやる……」
「……残念だけどね、姫様」
右手に力を集中させながら、エステルは不敵に微笑んだ。
「わたしには、あなたに負けられない理由があるの」
エステルはアルディアに向って構えた。
ルミーに言った通り今まで迷惑をかけていた分をここで挽回しなくては。
(なんとか、アルディア姫を元に戻すことができれば・・・)
だがメディスのときとは少し違い、アルディアの心はもう一人のエステルの手によって操作されている。
あの時ほど簡単には行かないかもしれない。
(それでも姫を助けなくちゃ。それも、わたしの役目だから)
「はぁあッ!!」
アルディアが4、5回連続して刃を放った。
その全てはエステルの盾によって弾き消されてしまった。
「き……貴様ぁ! なぜ私の邪魔をするんだ!!」
アルディアの叫びに、エステルははっとする。
完璧に思えたアルディアの精神支配が、僅かながら綻びている。アルディアの感情の強さに、心を縛る氷が融けかけているのだ。
(だとしたら……勝機はある……!)
もしもあの子が言うとおり、アルディアの感情にルミーに匹敵する強さがあるなら――その心の支配を、内側から破ることも可能かもしれない。
エステルは瞳を閉じ、感覚を研ぎ澄ませる。
「教えて、アルディア姫……。あなたの心を覆うものは、何?」
エステルはアルディアの心に触れるように呼びかける。
表面的な、曲げられてしまった部分ではなく、もっと深い本当のアルディアの心を求めて。
『・・・・・・・・・・・・』
(いた!)
微かに声が聞こえた。強い心の力を感じた。
小さな波動ではあったけれど、確かに精神支配は崩れてきているようだ。
「アルディア姫」
『・・・・・・ここにいる。わたしは、ここに・・・』
「ええ。貴方の声、聞こえるわ」
『・・・ここから出たい』
暗闇の中に、小さな光が灯った。
「……わたしには、力を貸すことしか出来ないわ。心の戒めは、あなた自身にしか解けないの」
『駄目……駄目なの。私、怖くて……』
震えるように点滅する光に、エステルはそっと手を伸ばした。
「どうして? 何を怯えているの?」
『…………』
どこかから、小さなすすり泣きが聞こえてきた。
光が、ゆっくりとエステルに近付く。
『私は、大切な人の命を奪った。別荘がある小さな村で、敵国の兵士に襲われた時に……』
ざあっと、闇の密度が増した。小さな光を飲み込み、押し潰そうとするように。
「アルディア姫! しっかりして!!」
エステルの必死の叫びも、闇の中には響かない。
小さな光が闇に覆われた瞬間、エステルの精神は弾き出された。
その目前には、憎しみに精神を飲まれたアルディアが。
「私をかばって……私のために人が死んだ! 私が殺したんだよ!!」
アルディアの瞳が、禍々しく輝く。
(しまっ……)
「私は自分の弱さが許せないんだ――――!!」
無数の光の矢が、無防備なエステルに向かって放たれる――
ザシュッ!!
「ぁうっ!!」
腕や足。エステルの体の至るところを光の矢が傷つけた。
しかし、数は当たったがどれも浅い傷ばかりで、動きを妨げるようなものはない。
エステルは目を細めてアルディアの事を見た。
「アルディア姫! 貴方は弱くなんてない!」
「うるさい! 何も知らないくせに!! わたしに力があれば、あの人はわたしを庇って死ぬ事なんてなかったっ!」
「力だけが強さではないわ!」
エステルが声を張り上げてアルディアにうったえかける。
「力で人を傷つける事を受け入れてしまったら、あなたはあなたの敵を――大切な人の仇を、正しいと認めてしまうのよ!!」
「……黙れ!! いくら綺麗事を言ったって、結局勝つのは力なんだ!!」
「……」
一瞬、エステルの動きが止まる。
次の瞬間、エステルがとった行動は、アルディアの予測を超えていた。
エステルは、両腕を大きく広げ――そして、アルディアの身体を抱き締めたのだ。
「……え?」
予想外の出来事に、アルディアの動きが止まる。
「……今、わたしに攻撃しなかったわよね?」
アルディアの耳元で、エステルが囁く。
「どうしてかしら、アルディア姫?」
「う……それは……」
アルディアは、言葉に詰まった。その視線が、僅かに揺らぐ。
「ねえ、アルディア……。あなたはついさっきまで、この国の人々に、笑顔を向けていたわよね? 遠くから見ていたけれど……一国の姫君に相応しい、素敵な笑顔だったわ」
ちょっと悔しいくらい、とエステルは微笑む。
自分を傷つけた相手に、微笑んでみせる。
「あなたはこの国を愛している……。誰もを守りたいと思っている……。その思いこそ、あなたの強さではないの?」
「・・・・・・・・・わたし、は・・・」
アルディアの翠色の瞳が揺れる。
その眼のなかにはもう憎悪の色など無かった。
「あなたのその想いが、何ものにも変えられないなによりの力だと思うわ」
「・・・・・・ええ。この国への想いになら、王にだって負けない」
ふ、とアルディアが笑った。最初にみたあの笑顔だ。
「ありがとう。どうやらわたしはとんでもない勘違いをしていたようだ」
「いいえ……。良かった、あなたを救うことが出来て」
エステルは、アルディアに手を差し伸べる。アルディアは、その右腕のリングに目を留めた。
「それは、いったい……」
その時。
ぱちぱち、と、どこからか拍手の音がした。
「素敵ねえ。麗しき女の友情、ってやつかしら」
闇の底から響くような、女の口調の男の声。
「……貴様……!」
アルディアは、素早く立ち上がって身構えた。
「今更何しに来たんだ!!」
「……別に」
男は、エステルの方を向く。
「ただ……この子が絶望する顔を見に来ただけよ!」
「うあ……っ!!」
エステルの右腕のリングが、禍々しく輝く。
「なっ……!?」
アルディアは困惑する。
一瞬前の笑顔が、歪んで消える。
「いったい何をしたんだ!!」
「笑顔を壊したのよ……。希望に満ちた、憎たらしい笑顔を……」
男はふと、どこか遠くを見た。
「さあ、パーティーが始まるわ……。あなたの愛する国で、血みどろのパーティーが」
「・・・・・・!」
「どうした、ルミーくん」
弾かれたように振り返ったルミーに、メディスが声をかける。
ルミーはなにもない後方の一点だけを見つめて呟いた。
「エステルが・・・」
「? 彼女がどうかし・・・」
メディスの言葉を最後まで聞くことなくルミーは走り出した。
「ルミーくん!! まだ治療は終わってないぞっ」
「もう平気です! 治りました!!」
「治ったって・・・。その肩の傷は君が思っているほど軽いものじゃないんだぞ!! おい!!」
メディスの制止する声も聞かずルミーは全力で走る。
メディスも困ったように頭を掻いて、ルミーを追いかけた。
「エステル!! アルディア!!」
ルミーは人込みを掻き分けながら、全力で走り続けた。
エステルの力で生み出されたガントレットから、彼女の心の動きが伝わってくる。
急がなくては――危ない。
「ルミーくん!!」
後方から、メディスの声が掛かった。
「落ち着け! 何かがおかしい!!」
「今は……それどころじゃないんだ!!」
ルミーはメディスの言葉を無視する。
人込みの向こうに、やっと見覚えのある姿が見えた。
苦しむエステル、呆然とするアルディア――
そして、あの男。
「エステ――」
ルミーが右手を伸ばした、その瞬間。
彼の身体は、何者かによって殴り飛ばされていた――。
「ルミー!」
ド、と尻餅をついたルミーは自分を殴った人物を呆然と見上げた。
「エステル・・・?」
「・・・・・・・・・」
エステルは答えない。ただ、静かに視線だけをルミーに向けただけである。
――――ゾクッ――――
エステルと目が合ったとき、ルミーの全身に鳥肌が立った。
その瞳に、本能で危険を感じ取ったのだ。
エステルなのに、エステルじゃない。 ルミーは身体を震わせながらエステルの事を見る。
「あら、もう戻ってきたの? 意外と早かったわね」
――それとも事は済んだあとだから遅かったのかしら? と、男がルミーを嘲笑うように見下ろしていった。
「ど……どういう事!?」
立ち上がりながらルミーは叫ぶ。肩の傷が、今更のように痛む。
「フフ……少しの間だけ、わたしの言う事を聞くようにしたのよ」
パチン、と男が指を鳴らす。
エステルの右足が弧を描き、ルミーの鳩尾に入った。
「がは……っ!」
「おい、何をするんだ!!」
アルディアが割って入ろうとしたが、エステルの視線にたじろいだ。先程の微笑みが幻だったかのように、その視線は限りなく冷たい。
「無駄よ、今は完全にわたしが支配しているもの」
クスクス、男が笑った。心の底から楽しそうに。
「バカな子……。くだらない意地張った挙げ句、あんなにあっさり隙を見せるなんて」
「エステルの事を……そんな風に言うな……!」
咳き込みながら言うルミーを、男は嘲笑する。
「あなたの方こそ、エステルの本当の姿を知らないんじゃなくて?」
男は再び指を鳴らした。途端、エステルの身体から巨大な力が湧き上がる。
「ねえ、姫様……」
男は、アルディアの方を見た。
「この街の人間は、どれだけの憎しみを抱えているかしらね?」
「え……!?」
一瞬後。
フェイノリアは闇に包まれた。
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('03/12/14)