Eternal Shine
Eternal Shine
「さて……これからどこに向かうか、だね……」
ルミーはバサッと世界地図を広げ、エステルの方を向いて説明する。
「フェイノリアは、いろんな街道の交差点になっているんだ。だから東へ向かうにしても、どの道を通るか考えなきゃいけない」
地図を覗き込んで、エステルは頷いた。
一行は、取り合えずフェイノリア城下町の食堂に来ていた。あの事件からそう日は
経っていないというのに、街はいつもと変わらない活気に溢れている。
「やはり、あの男を追うのが先決だろう。奴を放っておいたら、何をしでかすかわからないし」
そう言ったのはアルディアだ。彼女は顔が隠れるよう、大き目のフードが付いた服
を着ていたが、それでも時々視線が送られる。まあ、王女であることを抜きにして
も、かなりの美貌だから仕方がない。
「でも……あの子、あの後一体……」
その時、食堂に男が飛び込んできた。服装からすると、冒険者だろうか。
「おい、どうした」
食堂の中の一人が声を掛ける。
「た、大変だ……。東のランテムが……」
東、の言葉にエステルたちは反応する。
「変な生き物に襲われたっ!!」
「変な生き物?」
アルディアが眉間に皺を寄せながら首をかしげた。
騒然とした食堂のなかに妙に響くその落ち着いた高い声に、飛び込んできた冒険者がこちらをみて
声を張り上げる。
「あ、ああ。見たことない変な生き物がいきなりランテムに!!」
エステルたちは顔を見合わせて同時に頷く。
「行きましょう」
「うん」
「決まりだな」
ガタン、と四人が順々に立ち上がった。
――ランテムの人々には、ただ逃げ惑うことしか出来なかった。
その生物は、「亜種」と呼ばれる存在だった。不吉なもの、不気味なものとして、
人間たちが排除してきた生き物たち。
少数しか存在せず、ただ消されてゆく運命だと思われた彼らの前に、一人の救世主
が現れた。自らもまた人間の亜種である彼女は、その姿と動物たちの言語を解する能
力ゆえに、他の人間たちから疎まれていた。森の奥でひっそりと暮らしていたはずの
彼女が、なぜ突然反旗を翻したのかはわからない。ただ、傍にいる動物と会話できる
程度だった彼女の能力が、爆発的に高まったのは確かだ。
彼女はその力で、世界中の亜種たちに呼びかけ、このランテムの地に集結させたの
だ。
本来の特殊能力と、『数』という武器を得た亜種の前に、人間はなす術もなく倒さ
れてゆく。まるで、遠い日の彼女たちのように。
「た、助けてくれぇ……」
救いを求める声に、彼女は振り向いた。その男は、銀狼に身体を引き裂かれかけて
いた。
「アハハハッ! 助けて、だって!!」
彼女は男の頭を、銀狼の方へ蹴り飛ばした。銀狼は、迷う事なく牙を立てる。男の
悲鳴が、辺りに響き渡った。
「もっと、もっともっと苦しめてあげる! あんたたちが、あたしたちにしたのと同
じように!!」
彼女が地面を蹴ると、その身体はフワリと舞い上がった。背中の翼をはためかせ、
空へと舞い上がりながら、救世主の少女――サフィアは高らかに笑った。
その瞳は、闇の色に輝いていた。
「はあっっ!」
ゴッ!! ルミーの拳が炎をまとって巨大な虫の腹を破った。
続いてアルディアが矢を放ち、上空の亜種を落としていく。
「まさか、こんな風になっているなんて」
「これは亜種だ。昔、王宮の古い書で読んだ事がある」
「アシュ?」
ルミーがアルディアに聞く。
アルディアは弓を構えながら頷いた。
「ああ。・・・でもおかしい。何故亜種が・・・」
「……数年前だが」
ボソリ、と呟いたのはメディスだった。
「ある国が、大規模な亜種の撲滅作戦をしたんだ。『汚れた生物』として、亜種たちを無差別に狩っていった」
「そんな事があったのか!?」
驚いた声を上げたのはアルディアだ。そのような大きな動きがあったなら、一国の王女の耳に入らないはずがない。
「姫君が知らないのも無理はないさ。国内にも漏らさず、極秘で行われたのだからな……」
言いながら、メディスは剣を引き抜く。
「……話をしている時間はないようだ」
メディスの視線の先には。
炎を吐くトカゲの亜種――サラマンダーが立ち塞がっていた。
サラマンダーは四人の姿を見て、一直線にコチラに向かってきた。
「みんな、下がって!」
ルミーが前に出て構える。
「ダメだっ!ルミーくん!!」
「たあぁっ!!」
ゴォッ!! と、ルミーの拳がサラマンダーの顔面、ド真ん中に減り込んだ。
だが。
「えっ!?」
サラマンダーはルミーのガントレッドから炎を吸い取り、口から一気に吐き出した。
驚いて動けなかったルミーをメディスが自分のほうに引き寄せ、なんとかギリギリで避けることが出来た。
「ど、どうし・・・・・・」
「サラマンダーは火属性だ。君の炎の攻撃ではダメージを受けるどころかそれを逆手にとられてしまう」
メディスはサラマンダーをじっと睨み据えた。
(俺が……戦うしかないのか)
メディスが剣を構える。その目付きが、すっと鋭くなる。
「俺がサラマンダーの所に切り込む。エステルさんと姫君は、なんとか炎を防いでくれ」
「わかりました」
「わかった」
二人が頷くのを確かめ、メディスはサラマンダーに視線を戻した。
(結局はこの剣も、何かを犠牲にするためにあるのか……)
迷いと諦めを一瞬で振り切り、メディスは大地を蹴った。
「行くぞ!」
サラマンダーは向かってくるメディスに勢いよく炎を吐き出した。
その炎をアルディアの放った矢が真っ二つに切り裂き、その間をメディスが走る。
チャキ、と剣を構え、メディスは飛び上がった。
サラマンダーは顔を上げ、再び炎を吐き出す。
今度はメディスの前にエステルによって具現化された金剛の盾が現われた。
難無く防がれたのをみてサラマンダーが一歩後退した。
「はあぁぁっっ!!!」
メディスの剣が真っ直ぐサラマンダーの頭をつらぬき、一瞬で息絶えた。
(・・・・・・すまない)
メディスは哀しみの表情を浮かべたが、すぐにまた剣士の顔付きに戻った。
ここは戦いの場だ。余分な感情を持てば、自らの命が危うくなる。
『だけど』
不意に、遠い日の友人の言葉が蘇った。
『だけど、僕たちの戦いは、本当に正しいのか?
罪のない生き物たちの命を奪う事が……本当に、世界のためなのか?』
突然頭上を横切った影に、メディスははっと視線を上げた。
友人は、闇色に光る瞳で、冷ややかにこちらを見下ろしていた。
傍らに、亜種の少女を従えて。
『これは、お前たちがしてきた事の、報いだ』
少女の声と、友人の声が重なった。
「人が、飛んでる・・・・・・?」
エステル、ルミー、アルディアが驚きの表情を隠せずに呆然と二人を見ている。
メディスだけが真っ直ぐに鋭い眼差しを向けていた。
「ごきげんよう。また会ったわね」
クス、と男が笑う。何度聞いても慣れない不釣合いな口調がその場に響いた。
少女はただ黙って視線を下げている。その瞳に憎悪の念を露わにして。
「でも思っていたより遅かったわね。もうランテムは壊滅状態よ」
「・・・・・・なにをしたの? どうしてこんなにたくさんの亜種が人を襲っているの?」
エステルが声を落ち着けて聞いた。
「凄いでしょう? みんなこの子の力なの。・・・・・・ここの人間はこの四人で最後よ。さあ」
男がそう少女に囁いた瞬間、周りにいた亜種が一気に奮えたった。
一斉に浴びせられた炎や氷の吐息を、エステルの盾が弾く。横合いから飛び込んで
きた獣たちは、ルミーの拳によって一撃で沈められる。空中から襲い掛かろうとした
翼を持つ亜種は、アルディアが放った風によってバランスを崩し、地面に落ちていっ
た。
メディスは剣を抜かない。戦いの中心に立ちながら、鋭く静かな瞳で、双剣の男を
見詰めている。
「何故お前は、キスイの身体に取り憑いた……」
メディスは男に――男の中にいる者に問い掛けた。怒りを抑えた声には、奇妙な静
けさがあった。
「愛する者を護りたいと、誰より熱く語っていたキスイに……何故!!」
すっ。男は目を細める。唇の端を、微かに歪める。
その瞬間、メディスは世界が凍り付いたような錯覚に囚われた。まるでこの空間
に、自分とキスイと、たった二人しか存在していないような。
その奇妙な静寂の中に、キスイの声が響く。
「勘違いしないで。……キスイは、自らこの身体を差し出したのよ」
いつの間にか、メディスに獣の爪が迫っていた。
しかしメディスは動かない。全身が麻痺してしまったかのように、動く事が出来ない。
「彼は、愛する者を護れなかったのよ。――あなたたちの、歪んだ正義のせいで」
「メディスさん!!」
誰かの叫ぶ声がした。しかしメディスの世界は、凍り付いたままだった。
紅の飛沫が、視界に舞った。
『キスイ、どうかしたのか?』
『・・・・・・なんでもない。少し考え事をしていただけだ』
これは・・・・・・。
『大丈夫か? これから初任務なんだぞ。そんな調子じゃ怪我するぞ』
そうだ。これはたしか国から与えられた初任務に行く直前の会話だ。
二人で装備を揃えているときのキスイの顔が妙に曇ってたのを覚えてる。
『わかってる。心配ない』
『本当か? なんだか心配だな、キスイは少し抜けたところがあるから』
『なんだよそれ。メディスこそ調子にのり過ぎてヘマしたりなんてするなよな』
そういって少し笑いあった。
それからすぐに任務にむかった。内容は―――“亜種の撲滅”。
俺たち二人は何とか無事だった。もちろん、無傷ではなかったけれど。
『よかった。無事だったな、キスイ。やっぱりお前は強・・・・・・』
『メディス』
任務に来る前に見せたあの表情でキスイが俺を見た。
今にも泣きそうな苦しそうな顔で真っ直ぐに俺だけを見ている。
『どうしてこんなことをしなければならないんだ? 亜種たちに罪はないのに』
『・・・だが、いつ亜種が攻めてくるか分らないんだぞ? 危険なものをのさばらせておくよりは・・・・・・』
『攻めてくるとは限らないだろうっ!?』
そうキスイは声を張り上げた。
『僕はこんなことがしたかったわけじゃないんだ!! 僕はただ・・・大切な人を守りたくて・・・・・・』
『これも守るということだ。敵は戦って倒すしかないんだ』
『だけど』
キスイは眉根を下げて俯いた。
『だけど、僕たちの戦いは、本当に正しいのか?
罪のない生き物たちの命を奪う事が……本当に、世界のためなのか?』
ゆっくりと顔を上げたキスイの顔が、見慣れた少年の顔によって遮られた。
「メディスさん!! しっかりして下さい!!」
「……ルミー君……?」
ルミーは紅色の真っ直ぐな瞳で、メディスを見ていた。
「こんな所で、諦めないでください!」
ルミーのまだ幼い腕が、傷ついたメディスを必死に支えている。
「メディスさんの過去に、何があったのかはわからない……。だけど、ここで倒れてしまったら、何も変わらないままじゃないですか!!」
ルミーの瞳の奥に、輝く炎が見えた気がした。
「……君の、言う通りだ」
メディスは痛みを堪えて立ち上がる。
「俺の戦う理由は、ただ一つ……」
そしてその手の剣を、真っ直ぐにキスイへと向ける。
「キスイ! お前を、救ってみせる!!」
メディスの瞳に、輝きが宿った。
それは、天すらも切り裂く雷のように。
アメジスト色に輝く瞳。
「メディスさん!」
エステルはメディスに手をかざし、高らかに宣言した。
「汝の意志を力に変えよ! 紫水晶の力を宿せ!!」
パキンッ
メディスの持っていた剣に、小さな音を立ててヒビが入った。
そこから紫色の光が漏れて、剣全部を包み込む。
光が一瞬だけ、カッ! っと強く光って、それから何もなかったかのように消えた。
だが、確実に変化はあった。
メディスの握っている剣の形が、前のものと明らかに異なっていた。
前のそれよりも、刃はずっと鋭い輝きを放ち、その者の心の強さを表しているようだ。
柄には余分な装飾は一切なく、自分の手と一体化しているような錯覚を覚えるほど。
メディスはその剣を見て、強く強く握った。
「いくぞ、キスイッッ!!」
キスイへ駆け寄ろうとするメディスの前に、亜種たちが立ち塞がる。
「……まだ、この方に触れさせるわけにはいかない」
そう言ったのは、亜種たちを束ねる少女だった。
「あたしたちは……あの国に復讐すんだから!!」
バサッ……。
少女とキスイが、空へと舞い上がる。
「待てっ!!」
叫んだメディスに、キスイは――キスイの身体を借りた少女は、口元を歪めて笑った。
「決着をつけたいのなら、あの国へ来なさい……」
二人の姿が、遠ざかっていく。亜種に囲まれたメディスたちには、どうする事も出来ない。
「待っているわ……。真実を知ったあなたたちが、絶望するのをね……」
双剣士と亜種の少女は、東の空へと消えていった。
「・・・・・・メディス、あの国とはどこなんだ?」
亜種を一通りなんとかしたあと、アルディアがメディスに聞いた。
エステルもルミーも、その声につられるようにしてメディスを見た。
メディスは一度東の空を仰視して、それから視線を全員に戻す。
「―――かつて、亜種の撲滅を計画した国」
「もしかして、さっき言っていた・・・?」
エステルの問いに、メディスは頷いた。
「・・・ミュートラスだ」
ざっ!
足音を立てて、アルディアがメディスに詰め寄る。
「今……ミュートラスと……そう言ったのか……!?」
アルディアは、メディスを睨みつけていた。
アルディアの視線から瞳を逸らしながら、メディスは頷く。
「……ああ」
「……それじゃ……お前は、あの国の……!」
アルディアの瞳が輝き、両腕が持ち上げられる。
「アルディア!!」
その腕を押さえたのは、ルミーだった。
「ダメだよ、アルディア……」
ルミーの言葉に、アルディアは拳を握り締めた。震える腕を押さえ込むように、ゆっくりと下ろす。
「ひ……姫様? メディスさん……?」
エステルは、二人の顔を窺う。アルディアの瞳からは憎しみが溢れ、メディスは苦しそうにどこかを見詰めている。
「……あの時……」
アルディアは、怒りに震える声で呟く。
「わたしを襲い、多くの罪なき民を犠牲にしたのは……ミュートラスだ……!」
ルミーは驚いて目を見開き、エステルは声をなくす。
アルディアは少しだけ視線をメディスのほうへやりながら、震える拳を自らの手で押さえた。
「で、でもっ! ミュートラスといえば平和で、緑の多い、フェイノリアに続くほど栄えた国として有名じゃない。
どうしてそんな事する必要が・・・」
「それは表向きだけなんだよ、ルミーくん」
ルミーの言葉を遮って、メディスが視線をどこかに置いたまま呟いた。
アルディアから向けられる憎しみのこもった視線から逃れるように、声を絞り出す。
「・・・ミュートラスはもっと汚い国なんだ。王は、ミュートラスをどこよりも栄えさせる事しか考えていない」
「それが・・・・・・どうして民を犠牲にすることになる? どうしてわたしを襲ったんだ!?」
アルディアが声を張り上げてメディスに言った。
「フェイノリアは常にミュートラスの前を行く国だ。王はフェイノリアがあってはミュートラスが負けたままだと、
そうお考えになったんだろう。姫君がいなくなればフェイノリアは、と。」
「……そんな……」
うな垂れたアルディアの瞳から、はらはらと涙が落ちる。
「そんなくだらない考えのために、あの人たちは……」
「……アルディア……」
ルミーがそっと、アルディアの身体を支えた。
「悔しい気持ちはわかるけど……今は、ぼくたちに出来る事をやるしかないよ」
「そうよ、アルディア。……それに、メディスさんも」
エステルは真剣な眼差しで二人を見る。
「過去を変える事は出来ないけれど、現在をなんとかする事は出来るわ。
……罪もない人たちを、犠牲にしたくない。その思いは、二人とも同じでしょう?」
エステルの言葉に、二人は同時に頷いた。
「……ランテムに、行こう。おそらくまだ、生き残りもいるはずだ」
アルディアは涙を拭いた。
「そうだな。……後の事は、それからじっくり考えよう」
メディスも、真っ直ぐに仲間たちを見ながら言った。
二人の様子に、エステルは満足げに頷いて笑みを浮かべた。
「じゃあ、急ぎましょう。……少しでも、多くの人を救うために!」
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('04/3/13)