Eternal Shine


Eternal Shine



『・・・・・・!!』
アルディアは背中に嫌な感じを受けて振り返った。
思わず身を縮めてしまうような、ゾクリ、とする寒さが不気味な恐ろしさを運んでくる。
『・・・・・・まさか・・・・・・』
アルディアはそれだけいって、頭に浮かんだことを振り払うように頭を横に振った。
――みんな絶対に無事だ。そのうち自分を追いかけてきてくれる。
そう思っても先ほどから感じる身震いしてしまうような感覚のせいで、完全に振り払えない。
『きっと、きっと大丈夫だ・・・・・・』
アルディアは拳を思い切り握り締めて自分に言い聞かせるように呟いた。
『……本当に、そう思ってる?』
『!?』
 暗い響きの声に話しかけられ、アルディアは思わず身を竦める。
(いつの間に近付かれたんだ……!?)
 恐る恐る振り返ると、そこにいたのは、金色の髪の少女だった。闇色のオーラのよ うなものに包まれて、顔つきは判然としないが、アルディアを見詰める瞳だけは強い 印象を残した。
 底知れない、闇の色。
 少女は一歩、アルディアに近付く。
『あなたは、逃げているのよ。真実から、悲しみから、目を背けて』
『ち……違……』
『違わない』
 闇の色を映した瞳は、揺るぎなくアルディアを見詰める。
『自分は王女だから、自分には何も出来ないから……そんなのは、ただの言い訳』
『……お前に……お前に、何がわかる!!』
『わかるわよ。わたしは、「心を読む者」だもの』
少女は一歩、また一歩とゆっくりアルディアに近づいていく。
アルディアは少女から逃げようとしたが、足が硬直したように動かなかった。
いや、全身が凍りついたかのようだ。目さえも少女からそらすことができない。
『さあ、わたしの目を見て』
少女はアルディアの両頬をその手で包んだ。
触れた手はとても冷たく、生きているものの体温ではないようだった。
『・・・・・・今ごろ、ヴィルセンの者たちはどうしているかしら。本当に、無事だと思うの?』
少女の瞳の闇が一層色を増した。
黒いオーラが触れる手から伝わって、アルディアを包む。
(嫌だ……わたしは……)
『わたしは、信じているんだ!!』
 アルディアは、少女の手を振り払った。
 尻餅をついた少女は、それでもうっすらと笑ったまま、アルディアを見上げている。
『信じる……ね。あの女が好きそうな言葉だわ。――だけど』
 少女は、ゆっくりと立ち上がる。
『あの女の信じる理想こそが、全ての悲劇を生んだ――!!』
『え……あ!?』
 アルディアの記憶に、いくつもの映像が流れ込む。
 見たくない、知りたくない、――信じたくない、映像。
 うばわれていく、いのち。
『やめろ! こんな事……こんな事、あるわけない!!』
 首を左右に振り、必死に拒絶するアルディア。
 少女はただ冷ややかに、まるで全てを見透かしたかのように、笑う。
『信じたくないなら確かめればいい。自分が犠牲にしたものを、その目で見ればいいのよ』
『嫌だ!! 止めてくれ・・・・・・!! 頼む・・・ヤダ・・・・・・』
自然と目から涙が溢れた。
親しかった人々が次々と倒れて行く映像が頭の中を駆け抜けていく。
『・・・・・・! エーレ!!?』
よく見知った少女の顔が過ぎって、思わず名前を叫んだ瞬間、いくつも流れていたはずの映像がそれ1つに集中された。
エーレは、一人のミュートラスの兵と対じしていた。
相手の顔は見えない。会話しているようで、エーレがなにか言うたびに兵士の気配が乱れている。
それから突然剣を交えたかと思ったら、また兵士が頭を抱える。
――!!
兵士に懸命に話し掛けるエーレの背後に、別のミュートラスの兵の影が見えた。
そして――
『いやああぁぁあぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁっ!!!!』
 アルディアは元来た方向へと、なりふり構わずに走り出した。王女という立場も、 友達との約束も、そして目の前にいる少女のことさえも、彼女は完全に忘れ去っていた。
 自分が辿ったはずの道のりが、ずっと長くなったように感じる。足はありったけの 速さで走っているのに、いつまで経っても景色が変わらない。
 ようやく、森の向こう側に光が見えた。と同時に、あまりに絶望的な――そう、あ の少女が映像で見せたのと、まったく同じ風景が現れる。
 何故か自国の兵士と向き合うミュートラス兵の、その後ろに倒れているのは。
 ついさっき、笑って別れたはずの――
『エーレ!!』
 アルディアは叫び、親友の元に駆け寄ろうとする。その声に、自国の兵士と睨み あっていたミュートラス兵が、はっと振り返る。
『危ない、こちらに来るな!!』
『え……!?』
驚いて足を止めたが、遅かった。
自分に声をかけた方ではないもう一人の兵士が、振り返った兵の脇を抜けてアルディアに襲い掛かる。
『しまった・・・・・・っ!』
『悪ハスベテ、滅ボス・・・・・・!!』
兵士は剣を振り上げて、勢いよく真っ直ぐに降り下げた。
『よせ!!』
もう一人の兵が叫ぶ声を聞いて、アルディアは強く目を閉じた。
目を閉じてすぐ白刃が自分の体に届くかと思ったが、まったく痛みはなかった。
かわりに、全身に熱い液体が降ってきた。
『・・・・・・エー・・・・・・レ?』
『アル、ディ・・・・・・ア・・・・・・』
 エーレは力尽きたように、アルディアの身体に倒れ掛かる。その背中は、二つの傷から溢れた血で、痛々しい赤色に染まっていた。
『く……くそっ!!』
 エーレに斬りかかった兵士を、もう一人の兵士が隙をついて取り押さえる。しかしその様子は、アルディアの視界には入っていなかった。
『エーレ……どうして……?』
 体温を失っていくエーレの身体を抱きかかえながら、震える声でアルディアは呟く。
『アルディア姫……ご無事で……良かった……』
『わたしの心配をしている場合ではないだろう!!』
 アルディアはそう怒鳴ったが、だからといって手の施しようがないことは、彼女に もはっきりとわかっていた。
『姫……。どうか、ミュートラスの兵たちを……怨まないでください……。彼らだっ て……本当は、人間らしい心を持っているのです……』
『何を言ってるんだ! 奴らは、エーレを……この村を……』
 アルディアは、エーレの言葉の意味がわからず困惑する。エーレはそんな彼女に、静かに首を振った。
『あなたがいつか、フェイノリアを継ぐのなら……忘れないで欲しい……。大切なも のを喪えば……誰もが……同じ悲しみを…………』
 エーレの瞼が、静かに下りる。
『エーレ!? エーレ!!』
『・・・・・・忘れないで・・・・・・アル・・・』
エーレの瞼が完全に閉じられて、抱えた身体が軽くなった。
アルディアの、エーレを抱いた手に無意識に力がこもる。
『エーレ・・・・・・エーレ!! ヤダ・・・・・・ヤダよ、エーレ・・・・・』
じわ、と目じりが熱くなる。視界が歪んで、頬を透明な液体が伝う。
顔についた真っ赤な血を流しながら、エーレの顔に落ちた。
『・・・・・・っエーレぇ!! 死なないで・・・・逝かないで・・・・・・エーレぇぇ!!』
腕の中のエーレの顔が歪んで、目の前が真っ暗になった。
『……う……エーレ……エーレ……!』
 闇の中から抜け出せずに、もがいている感覚。目の前には、自らの罪を見せ付ける かのように、あの場面が何度も繰り返されている。
『あ……いや……いやああぁぁぁあ!!』
 叫んだ瞬間、ぱっと何かから切り離されたかのように、アルディアの意識は覚醒した。
 そこはよく見慣れた場所――フェイノリア城にある、彼女の寝室。
『おお、ようやく目覚めたか』
 心配そうな顔で覗き込んでいたのは、アルディアの父親、フェイノリア王だった。
『父上……』
 事態が飲み込めず、アルディアは混乱する。自分は確か、ヴィルセンにいたはずなのに……。
『わたしは、いったい……?』
 アルディアの困惑を察したかのように、王は頷いて答える。
『若い男の剣士が、ヴィルセンからこの城まで、気絶したお前を運んできてくれたの だよ。礼を差し出そうとしたが、「俺にはそれを受け取る資格がありません」などと 言って、名前も告げずに立ち去ってしまった』
『そうですか……』
 アルディアは軽く息を吐いた。
『それで、ヴィルセンの方は?』
 この問いに、王は静かに首を振る。
『埋葬の方は、調査に行った兵士たちが済ませてくれたようだ。墓参りに行かせてあ げたい所だが……あんな事件の後だ、城から出すわけにはいかない』
王の沈んだ口調に、あれは現実なのだと、あらためて思い知らされた。
思い出すのは、闇の中で何度も繰り返されたあの場面。
熱いエーレの血と鉄の臭い。徐々に落ちていく彼女の瞼。魂が抜けて軽くなった肉体。
分かれる直前のエーレの笑顔が、かすんで思い出せない。
あんなにも大好きだった彼女の笑顔なのに、今は“死”へ向かっていく血の気のない顔しか思い出すことができない。
(・・・・・・エーレ・・・・・・)
また目から涙が頬を伝ってシーツに染みを作った。
それを見た王が、アルディアの肩にそっと手を置いた。
『今は、休みなさい。・・・・・・いろいろな事が起こりすぎたようだ』
『……はい』
 アルディアはベッドに身体を預け、そっと瞳を閉じた。
(それにしても……。あの黒い瞳の女の子、あれは一体……?)
 アルディアが記憶を巡らせた瞬間、彼女の脳裏に、少女の残した思念が幽かによ ぎった。しかしそれは、アルディアの人生とはなんの関わりもないものであり、起き てすぐに忘れ去られる夢と同等のものだった。

――信じ続けることが正義?
『ええ』
――感情のまま生きることは、悪?
『……ええ』
――それならば、「愛」とは……


愛とは一体、何だというの?


『・・・・・・もう、国には戻れないな・・・』
メディスは姫を城へ送り届けたあと、足早にフェイノリアを去った。
フェイノリアから西へ向かう街道の途中で座り込み、ポツリと独り言をいう。
ミュートラスへ行けば無事ではすまないだろう。
最初はそれでもいいように思えたが、自分を正気に戻してくれた人の事を思ったら、無駄死にはできなかった。
だが、行く当てもなくて無駄な時間を過ごすことになっていった。
『・・・・・・とりあえず、あの女神について何か調べてみるか』
どこから来たのか、何者なのか、あの力はなんなのか。
簡単にわかるとは思えないが、何もしないでいるよりマシだろう。
『ここから西は……オークルタウンか』
 オークルタウンの名は、ミュートラスの兵士であるメディスも耳にした事があっ た。この町が高名である理由はただ一つ――世界最高の歴史と世界最大の蔵書量を誇 る図書館、「オークルライブラリィ」があるからだ。最先端科学の研究書から辺境の 地の神話まで、世界の叡智のすべてがここに詰まっているのである。
『ミュートラスに戻れない以上、ここで情報を得るしかないな……』
 遠回りにはなるだろうが、ミュートラスの都合のいいように作り変えられた物語よ りは、客観的に記された書物の方が、真実に近づけるかもしれない。
 メディスは両足に力を入れ、すっと立ち上がる。
 これから進む道には、進むべき理由がある――その思いが、自分を支えているような気がした。
『――あの、すいませんが』
『は?』
オークルタウンに近づいてきた道の途中で、突然後ろから声をかけられた。
気配がしなかった事に些か驚きつつ、警戒しながらメディスは慎重に返事をした。
声をかけてきた人物は声からして女で、顔はフードで隠されていて見えない。
『オークルタウンへ行くにはこの道であっていますか?』
『ああ・・・・・・ええ。俺も初めて行くので断言はできませんが、あっていると思います』
『そうですか、ありがとうございます。もしよろしければご一緒させていただいてもいいですか?』
メディスは一瞬迷ったが、首を縦に振った。
身長差があるし、相手は女だ。もしもなにかあっても取り押さえることぐらいならできる。
『ありがとうございます。そういえば、どちらからいらっしゃったんですか?』
『え? フェイノリアを・・・・・・』
そういおうとした刹那、見下げた女の顔が見えた気がした。
いや、正確には目だ。真っ黒な闇の色がフードの隙間から覗いた。
メディスは慌てて後ろに飛び退く。無意識のうちに手が剣に伸びていた。
『お、お前は……!?』
『……何?』
 女――いや、少女はクスリと笑った。
『ああ、この瞳が怖いのね。汚れた力を象徴する、この瞳が……』
『お前は、一体何者なんだ!!』
 その手はしっかりと剣を握っていたが、メディスの心を支配していたのは恐怖だった。
『そうね……女神と対を成す者、とでも言っておきましょうか』
『女神……!?』
『そう。人の信念や正義を引き出すのが女神なら、人の怒りや憎しみに入り込むのがわたし』
 少女の左手が、メディスに向かって伸びる。
『だけど、女神の世界ももうすぐ終わる……。今度こそ、魂もろとも消し去って見せるわ……』
 メディスには、少女の言葉の意味がわからなかった。
 ただ、自らの意志が暗黒に塗り潰されるのを、なす術もなく感じていた。



(あの少女に会った後のことはまったく憶えていない。気がついたらルミーくんとエステルさんがいて・・・・・・)
メディスは眉間に皺をよせながら顔を上げた。
メディスの現在いるところは、アルディアに初めて会い、彼女に救われ正気に戻ることができたあの場所。
無言でメディスはしゃがみ込んで、地面を撫でた。
血痕すら残っていないが、間違いなく彼女はここで亡くなった。
(・・・・・・エーレ、と呼ばれていたか)
アルディアが叫んでいた名を思い出して、メディスは目を細めた。
「……教えてくれ、エーレさん」
 メディスの口から、懇願にも似た呟きが漏れる。
「俺に、何が出来る? 君が、命と引き換えてくれた恩を……俺は、どうやって返せばいい?」
 ――その問いに答える者がいた。
 聞き覚えのある声で、聞き覚えのある口調で、彼は言った。
「……その答えには、もう気付いているんじゃないか? メディス」
「な……!?」
 背後から聞こえてきた言葉に、メディスは振り返る。
 そこにいたのは――
 紛れもなく、彼の親友だった男。
「……キスイ」
 縮めることのできない距離を置いて、かつての友人たちは対峙する。
 沈黙が世界を満たした後、先に口を開いたのはキスイだった。
「君は、気付いているんだろう? 自らの敵が、一体誰なのか……」
「…………」
 メディスは答えなかった。
 ただ、決意を秘めたアメジスト色の瞳で、友が次に発する言葉を、静かに待っていた。
「……仲間になってくれ、メディス」
 キスイは、言った。
「共に倒そう――ミュートラスの、女神を」
メディスは静かにキスイの目を見つめた。
しばらく無言で見つめあった後、メディスはゆっくりと首を横に振った。
「……俺はいかない」
言ったメディスに、キスイは眉を寄せた。
「何故? 女神は倒さなければならない、倒さなければ平和はありえないのに」
「そうだな……」
「なら一緒に」
メディスは、今度は強く首を振った。
「女神はなんとかする。だけどキスイ、お前とはいかない」
 一瞬の沈黙の後、メディスは続けた。
「キスイ。お前の――お前たちのやり方は、間違っている」
 メディスは思い返していた。ランテムで奪われた、いくつもの命のことを。
「罪のない命が奪われていくことを、お前は嘆いていたはずだ。それがお前の、女神 と戦う理由――違うか?」
 メディスの言葉に、キスイは笑みを漏らした。どこか皮肉げで哀しそうな、自嘲に も似た笑みだった。
「そうだな。確かに始まりは、そんな自分の正義感だった……。
 ――でも、今は違うんだよ、メディス」
 その腰の双剣を、キスイは抜き放った。
「女神は、僕の愛する人の命を奪った――この僕の、目の前で」
 突然キスイは、視線を移す。メディスもそれにつられ、後ろを振り返る。
 二人の瞳は、まったく同時に、同じ少女を映し出した。
「なあ、覚えているんだろう? ――女神よ!」
 金色の髪を静かに揺らしながら、女神と呼ばれた少女は、その場に立ち尽くしていた。
「・・・・・・・・・・・・」
「エステルさん・・・?」
メディスは困ったような微妙な表情を浮かべた。
キスイは読めない表情でエステルをみていて、エステルは二人の視線を受けて俯いている。
「まさか、エステルさんが女神なわけない」
「どうしてそう思う?」
キスイはエステルから目を逸らさずにメディスにいった。
「エステルさんからはあんな闇の力は感じない。むしろ対する光の力を持っている。そうだ、俺のことだって救ってくれた」
何故かわからないがメディスは真剣に否定しようとしていた。
そんなメディスにキスイは少しだけ視線を向けて目を細めた。
「どんなに否定したって、事実が変わるわけではないんだ、メディス」
 静かに、諭すような口調でキスイは言う。しかしメディスは、首を横に振った。
「それでもいいさ。俺はエステルさんを信じる」
「……メディス、さん」
 エステルは、メディスの剣を抱いたまま震えていた。メディスはそんなエステルの肩に、そっと手を乗せる。
「少なくとも、今の彼女は、正しい道を歩んでいる……。俺は、そう思うよ」
 無言のうちに、三人の思いが交錯する。
 はじめに口を開いたのは、キスイだった。
「……そうか」
 彼は口元に、微かな笑みを浮かべると、両手の剣を鞘に納めた。
「そうだな……僕が知っているメディスなら、そう答えただろう」
 言いながら、キスイは元来た方向へと踵を返す。
 背を向けたまま、彼は言った。
「……もうすぐ、戦いが始まる。僕たちの復讐と、ミュートラスの正義の戦いだ」
 メディスとエステルは、無言のまま動かない。
「期待しているよ、君たちの答えを……」
 森の暗がりの中へと、キスイは姿を消した。
「メディスさん・・・・・・わたしは・・・・・・」
エステルがメディスを見上げ、何かを訴えるように震える声で言葉をしぼり出した。
メディスはそんなエステルをみて、クシャ、と強めに彼女の頭を撫でた。
驚いて目を見開くエステルをよそに、メディスはどんどん髪をグシャグシャにしていく。
「ちょ、メディスさん・・・! 痛いですっ!!」
メディスは唐突にエステルから手をおろした。
「無理に言わなくてもいいんだ。さっきも言った通り、今は正しい道を歩んでると思うし、君のことを信じているから。無理しなくてもいいよ」
「メディスさん・・・・・・」
「さぁ、ルミーくんとアルディアさんを探しに行こうか」
「はい!」
メディスとエステルは一緒に森とは逆の方向へ歩き出した。


 ルミーとアルディアは、寄り添うように並んで、家並みを見下ろしていた。
「…………ルミー」
 アルディアは、そっと傍らの少年の名を呼ぶ。
「なに?」
 ルミーは優しい声で答えて、アルディアの方を見た。
 アルディアは、なぜか苦しげな表情をしていた。まるで、過去の悲しみを思い出しているかのように。
 彼女の震える唇から、呟きのような言葉が零れ落ちた。
「ルミーは……大切な人を護るためなら、命を投げ出せるか?」
 その問いに、ルミーははっと眼を見開く。しかし、一度瞬きのした後の表情は、いつもの柔らかい微笑みだった。
「……出来ないよ。ぼくには、出来ない」
 ルミーはそう答えた。アルディアは、ほっとしたのと、ほんの微かな困惑で、曖昧な顔になった。  静かな口調で、ルミーは続ける。
「だってぼくには、大切な仲間も、傍にいたい人も、……護っていてあげたい人もいるから。――だからぼくは、死んでもいいなんて、絶対に思わない」
 炎の温もりを宿した瞳は、静寂に満ちた世界の中で、確かな輝きを放っていた。まだ幼さを残す少年の、強い決意を表すかのように。
「ぼくに何が出来るのかなんてわからない……。だからせめて、誰かを悲しませないために、ぼくは戦うよ」
「ルミー・・・・・・」
アルディアは、少しだけ笑んで顔を伏せた。
その肩は小刻みに震えていて、ルミーはその肩に優しく、だけどしっかりと手を置いた。
アルディアはその手の暖かさに押されるようにして小さく涙声で呟いた。
「そう、そうだ。たとえ大切な人を護るためとはいえ、命を捨ててしまってはいけない。だって、残された人は・・・・・・こんなにも苦しい」
涙を拭いながら、アルディアは顔を上げた。
少し腫れぼったくなった目を隠さずに、肩に置かれたルミーの手を握り返して微笑む。
「ルミー、その言葉を忘れないでくれ。それは、君の強さだから」
「…………うん」
 ルミーがしっかりと頷いてみせた、その時。
「ルミー! アルディア!」
 聞き覚えのある声が、二人の名を呼んだ。
「エステル!」
 ルミーは声のした方に、手を振ってみせる。
 エステルとメディスは、別れた時と変わらない姿をしていた。
 ただ、その瞳の輝きは、微かに変化していたのだけれど。
 しかし、それはきっと、ルミーとアルディアも一緒なのだろう。
「……アルディア」
 ルミーはアルディアの方を振り向き、言った。
「ぼくたちは、ずっと、一緒に歩もう」
 アルディアは無言で頷く。
 そしてルミーに背を向け、再び溢れ出した涙を、そっと袖口で拭った。


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('04/6/7)