聖なる意思



何もない世界。始めは全てがそうだった。
暗闇の中―――果ては、ない。
どこまでも闇だけが支配するただの空間であった。
この世界ができたのは、その暗闇の中に一つの正しき意思が生まれたからである。
その意思が生まれてから、世界は明るく照らされその瞬間から時間が出来、世界の歴史が始まった。


「世界の意思は今も存在しつづけ、我々を見守っている・・・か。―――随分勝手なお伽噺よね。」
パタン。
彼女は途中まで読んだ本をしおりも挟まずに閉じた。
山のように積まれた本に埋れる、透けるように輝く金の髪をした彼女はとても幼い顔をしている。
小柄で一見子供のようにも見えるが、彼女の漂わせる雰囲気は幼い容姿とは裏腹にかなり大人っぽい。
本当に幼いのか、只単に童顔なのかはよくわからない。
彼女は先程まで読んでいた『世界の始まり』といういかにも胡散臭い本を自分の横にある、まだ低い本
の山に置いた。
きっとこれが積もり積もってこの状態なのだろう。
本当に山のようにたくさんの量の本が本棚から崩れ落ちるようにして部屋中に広がっている。
彼女の周りにも不揃いの厚さや大きさの本が塀を作るように高くるまれていた。
さて、と彼女は腰を上げ本を跨いで部屋を出ようとするが、出口のほうに積まれた本はどれも彼女の
腰ぐらいまではあるだろう。
面倒くさそうに軽く頭を掻き、退かすかと思いきやそのまま本を踏んで無理矢理跨いでいこうとする。
「あ」
ガッ、ドサ・・ドドド・・・
一冊本を蹴り上げてしまい、その本が隣りの山を倒し、その後はもうドミノ倒しのように本が崩れてい
った。
軽く埃が舞い、彼女が先程までいた唯一床が出ていたところも本によって隠されてしまった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ま、いっか。」
そのまま部屋を後にする彼女。片付けるとか掃除するとか言う気は更々ないらしい。
書斎からでた彼女を向かえるものは誰一人としていない。
人の気配はなく、窓から入る日の光だけが虚しく部屋を照らしている。
こちらの部屋は先程の書斎とは違い、些か整えてあるようだ。少なくとも足の踏み場はある。
彼女はテーブルの上に置いてある数十本の試験管のうち一つを手にとって目の高さまで持ってきた。
よく見ると部屋の中にはあちこちに瓶やら試験管、薬草、謎の器具などがいくつか置いてある。
奥のほうには魔法陣まで書いてあるようだ。
彼女は当たり前のように部屋に差し込んでいる日光に当てながらゆっくりと試験管をゆすった。
中に入った透明な薄い緑色の液体が光を反射しながら回る。
「まだ、かな?」
彼女はそういって試験管を元の位置に戻した。
その手をそのまま上にもっていって一回大きなあくびをしながら体を伸ばして腰を捻る。
ゴキ、と鈍い音が静かな室内に響いた。
「すっきりした。さて、まず今日は・・・・。」
コ、コンコン
何故か躊躇したような特徴のあるノックが聞こえ、彼女はやろうとした事をやめてドアのほうへ走った。
床に置いてある何に使うのかよく分らない大きな・・・と、いうには大きすぎる巨大な鍋を飛び越えて
嬉しそうにドアノブに手をかける。
カチャッ!
「いらっしゃい、エレナ。」
ドアを外にいる人物に当てないよう気をつけながら開け、満面の笑みでお客を迎える。
「お邪魔するわね、クライメイア。」
入ってきたのは若い女性で、背まである薄い水色の長い髪を揺らしながら彼女、クライメイアに微笑み
かけた。
エレナは中に入り、慣れたように席につくと、ふとクライメイアの顔を見て整った顔をしかめた。
「メイア、あなた・・・どのくらい外に出てないの?」
「え」
「顔色がよくないっ!」
びし!と効果音がつきそうなほどはっきりと、しかも指を立てて言われてメイアは苦笑いをするしかで
きなかった。
正直、この鋭い友人には脱帽する。
嘘をついてもしょうがないし、つく必要もないからとメイアは正直に答えた。
「・・・・三日、かな?」
「ずっと書斎にこもりっぱなしデショ。」
「うん。」
心配して怒るエレナに、メイアはから笑い。
一番近くの村に住む村長の娘のエレナは、優しく黙っていれば静かそうな美人なのだが、口を開けば
止まる事を知らない舌の持ち主なのだ。
メイアはそのギャップも好きだし、最初こそ驚いたが、こうして心配してくれることも嬉しいと思う。
難をいえば少しばかり五月蝿いが、それは仕方が無い。
「ねえエレナ。心配してくれるのは嬉しいけど・・・薬でしょ?」
メイアはエレナの怒りが治まってから言葉を発した。
「あ、うん、そう。忘れてたわ。えっと・・・これが無いの。」
エレナは持ってきたバックの中から手のひら大ぐらいの紙袋を出してメイアに手渡した。
メイアはそれを受け取ると、自分で書いた袋の字を読み始めた。
「・・・あれ?これもう無いの?まいったな・・・。材料がない。」
「一日くらい大丈夫でしょ?メイアの作った薬のおかげで最近とても調子がいいもの。
 流石腕の良い“魔導薬師”よね。」
エレナにそういわれてメイアは笑った。もちろん、とでも言っているような感じだ。
魔導薬師とは魔術を使って多種で強力な薬を作れる者たちのことである。
薬草の持つ力を最大限に生かし、微力な薬草でも強力な薬を作ることができる。
無論、普通の薬師より腕が良くなくてはいけないし、作る薬に見合った魔力がなくてはならない。
故に人数は少ないが、普通の薬師よりは腕に信用ができる。
その魔導薬師の中でメイアはかなり腕のよいほうになるだろう。
「ま、一日ぐらいはね。すぐ作ってもっていくよ。」
そういってメイアは材料を取りに行く準備を始めた。
二の腕まである手袋をつけて、ウエストバックのような形の小さ目のカバンを腰につけて中にいろいろ
道具を入れていく。
小さめ、なのだが小柄のメイアがつければ彼女のお尻と同じぐらいかもう少し大きいぐらいの大きさが
あってとても小さめには見えない。
「ごめんね、ありがとう。」
「いえいえ。仕事ですから。」
軽く笑ってメイアは出かける準備を着々とすすめる。
バックの中に戦闘用に作った薬と何の飾り気もない使うためだけに作られたナイフを入れて締める。
その様子を見ていたエレナは椅子から腰を上げてこちらに背を向けているメイアの後ろを通り過ぎてド
アノブに手をかけた。
「じゃあ、わたしは帰るわね。薬は届けてくれるんでしょ?」
「もちろん。・・・明日、ぐらいだとおもう。」
「うん、わかった。じゃあね、メイア。」
パタン。
メイアは数少ない友人の後姿を見送って、帰ってきてすぐ薬の調合ができるようにも準備をすすめる。
一通り調合器具やその他使う薬を出してしまえば、机の上にはもう物が置けなくなる状態だ。
ほとんどつくらない作り置きの薬を棚に移して少しはスペースを確保しようとするが、もはやそんなレ
ベルではない。
メイアは長持ちする薬、もしくは調合に時間がかかる薬などは作り置きをしていたがそれ以外のものは
注文を受けてから作るようにしていた。なので今回のように在庫と材料が無いのは日常茶飯事だ。
それでも体の弱い友人のために必要な薬はそろえていたのだが。
メイアは家を出て背後にそびえる広大な森の中へと目を向けた。
考え込むような仕草の後、小さな体を更に縮めて一気に地面を蹴った。
瞬時にして彼女の姿は消えて地面にはくっきりとした足跡が残っているだけである。


「あ!あった。」
メイアは木の上を風のように飛んで移動していた。
目的の薬草を見つけて通り過ぎてしまった分を移動をする。
木から飛び降りるようにして着地すると、他の草とは少し違う形の草に手を添えた。
「これだ。」
メイアはウエストバッグからナイフを取り出して草を切る。
それをあらかじめ持ってきていた入れ物にいれてバッグに戻す。
他にもきれそうな材料の薬草を取って行こうと曲げていた足を伸ばして腰を上げた。
キラッ!
「・・・?」
突然光るものが視界に入る。
危ないものではなさそうなので特に警戒もせず足をそちらの方へ動かした。
メイアはその光るものを確かめるようにしゃがんでそれを拾う。
「・・・綺麗・・・。」
それは自ら光っていたわけではなく微かに入る日の光を反射してメイアの目に届いていたのだ。
綺麗な球体を作るそれは、なんともいえないほど美しい。
こんなところに落ちているにもかかわらず欠けてもいないし傷もない。
メイアはその珠を食い入るように見つめた。
木漏れ日を吸い込んだ珠はその光を吐き出すようにして輝いている。
(・・・それにしても・・・。)
こんな森の中にこんな高価そうなものが落ちているのはあまりに不自然だ。
それにメイアはここで人に会ったことがない。それほどまでにここに人気はない。
無論メイア自身は薬草を求めてよくこの森に入る。
この場所にも何度か来ているが、こんなものは見たことがない。
「・・・ないはず、なんだけど・・・。」
メイアは手袋をとって直にその珠に触れる。すると
ポゥ
「え?」
パアッッ!!
「ッ!!」
メイアは突然輝きだした珠を放り出して目を庇った。
不意打ちに強いはずのメイアだがこれには対処できなかった。
光がおさまったのを感じてゆっくり目を開けると、目を庇うのには成功していたらしく視界は良好。
もう一度先程の珠を確認するため放り出した方を見てみたが・・・。
「あ、れ?」
無い。
珠が、無い。
すこし辺りを見回しても落ちた気配すらどこにもない。
≪・・・・・るぞ・・・・。・・だ・≫
「?」
ノイズのかかったような声が耳に響いた気がした。
耳鳴りかと思ったが次に聞こえたものに一瞬にして血の気が引く。
≪お前の体を、借りるぞ。≫
「!!!??」
メイアは一瞬にしてパニックに陥った。

・・・陥ったのだが、それと同じ様に一瞬にしていつもの冷静なメイアに戻った。
「貴方は、なに?」
自分の気のせいではない、と確実に言い切れたメイアは傍から見たら独り言のように語り掛ける。
ノイズが徐々に切れてきて声が次第に鮮明になって聞こえてきた。
≪そうだな、俺はお前達人間の言葉で言うなら“世界の意思”だ。≫
メイアはまた一瞬頭が真っ白になった。
 ――――――世界の意思?
まさかそんなことがあるわけない。
メイアは知識の引き出しを全て開けるようにして思い出す。
暗闇にできた最初の光、世界を導く唯一の魂。

≪何もない世界。始めは全てがそうだった。
 暗闇の中―――果ては、ない。
 どこまでも闇だけが支配するただの空間であった。
 この世界ができたのは、その暗闇の中に一つの正しき意思が生まれたからである。
 その意思が生まれてから、世界は明るく照らされその瞬間から時間が出来、世界の歴史が始まった。≫

この世界の子供なら誰でも最初に、それも耳にタコができるほど聞かされるお伽噺のことである。
メイア自身本も持っていれば、遠い昔誰かに聞かされた感覚もあった。
しかしそれはあくまでお伽噺。世界の意思など有り得ないし、誰も確認する事のできない戯言。
俗説では世界の意思は世界を導く糧をひくだけであってそれ以上は干渉しないし関わらないという。
「それが、今わたしと会話しているの?」
メイアは頭を垂れて脱力したように呟いた。
その雰囲気を無視したように“世界の意思”は頷く雰囲気を漂わせた。
≪その通りだ。俺はこの世界に最初に誕生した者。≫
「まさか、それはお伽噺でしょう?どうせならもう少しマシな冗談を・・・。」
≪この状態でそれを言い切れるのか?≫
意思の言葉にメイアはつまる。
空耳ではないし自分の気のせいでも無い。
世界の意思、そうでも思わなければこの頭に響く声を説明しきれない。
いや、説明などどうでもいいのだ。納得さえ出来れば。
それにしても関わらないといわれている世界の意思がどうして自分に語りかけているのだろうか。
「ねぇ、どうして世界の意思である貴方がわたしに話し掛けているの?」
むしろ取り憑いているのかとも思ったが、今はそんなことどうでも良い。
≪・・・世界は、壊れ始めている。≫
「?」
意思は唐突に話し始める。
返答としては正しくないが全く間違った答えではないのだろうと思い、メイアは聞く姿勢をとった。
≪最初、ある血族が世界の意思である俺の存在に気がついた――。その血族は俺を見つけることができ
 れば世界を我ものにできると、そう考えたんだろうな。しかしどれだけの時間と労力を費やしても俺
 を確定する事はできなかった。俺はどこにも存在しない。が、同時にどこにでも存在している。奴ら
 はそんな簡単な事もわからなかったんだ。≫
「・・・・貴方は世界そのものだから?」
メイアが意思の説明を遮るように口を挟む。
するとその言葉が意外だったのか一拍置いて、そうだ、という既に耳になれた声が頭の中よりも体内に
響いてくる。
そして意思はそのまま説明を続けた。
≪世界そのものの俺を捕らえる事は不可能だった。俺の存在を感じることが出来ても、こうして会話す
 ること、俺の意思を感じることは出来なかった。≫
「ちょっと待った。」
≪・・・なんだ?≫
メイアに遮られて意思はあからさまに嫌そうな声を出す。
それを気にしていないのか、無視しているのかメイアは言葉を続けた。
「そうなるとこうしてわたしと会話している事に矛盾を感じるんだけど、どうなの?」
≪じゃあ途中経過飛ばすか?≫
「・・・いえ、聞きます。」
そうしてくれ、と意思はいった。
メイアも再び長い話を聞くように姿勢を整える。
≪で、どこまで話した?・・・ああ、そうだ。奴らは俺を感じることが出来なくても俺を探すことを止
 めなかった。その手を紅く染めても、そのココロを闇に沈めても、その体全てを陥れることになって
 も。そして、その影響はその血族のものだけではなくなったんだ。奴らが俺を探すことで世界のバラ
 ンスが崩れた。その所為で世界は壊れ始め、それを止めるために俺は"魂の欠片"を世界に分けた。≫
「魂の欠片?」
≪さっきの珠だ。あれは世界の魂、命といってもいい。お前が拾った欠片は万物を司る俺自身。他の欠
 片は記憶、流れ、力、恵みの四つだ。≫
意思はそこまで言うと一息ついた。
メイアはそれを見計らったように素早く質問する。
「記憶はわかったけど、他の四つは一体なんなの?よくわかんないんだけど。」
≪この四つは四大元素を司る。記憶は大地、流れは風、力は炎、恵みは水。大地に染み込んだ世界の記
 憶を込めた魂の欠片、世界の動き、生命の流れを秘めた魂の欠片、すべてのものに熱く力強い心を与
 える生命の欠片、何者にも存在する優しさを持った魂の欠片、そして意思そのものの魂の欠片。この
 五つで世界は構成されている。・・・わかったか?≫
メイアは意思の言葉に二度三度頷き、一言言った。
「それでわたしの拾った珠は意思そのものの魂の欠片だから貴方と話ができるのね。」
その言葉に意思は満足したらしく、話を続ける。
≪話を戻すぞ。―――魂の欠片を世界へ分けた理由は奴らが俺に近づいてきたからだ。奴らは俺を見つ
 けたら世界を破壊し作り直すつもりだ。自分たちが住みやすいように。どうやら“霧の一族”の奴ら
 にはこの世界が好ましくないらしくてな。≫
「“霧の一族”ですって?・・・だったら、当然間違いなくこの世界を作り直すでしょうよ。」
メイアは冷静な、でも焦ったような口調でため息まじりに言う。
霧の一族とはこの世界で最も忌み嫌われる一族である。
その容姿の醜さとものの考え方とその力の所為で、全ての種族から倦厭されている。
元々は人間だったらしいが、どういう経緯で異種族となったのかまではメイアも知らない。
霧の一族は皆、尖った耳と黒い肌、体の一部分が獣と同化した姿をしている。
その同化している獣の特色を使うことが可能でしかも魔術に近い力を持っていた。
あくまでも魔術に近い力であって魔術ではない。普通魔術を使う時には呪文を必要とする。
しかし、この霧の一族は呪文を使わず魔術を発動させることが出来るのだ。
どうやって発動させているのかは誰も知らない。誰も霧の一族と関わろうとしていないのだから当然と
いえば当然のことかもしれない。
それで霧の一族は昔から隅に追いやられてきたのだ。今までも、おそらくこれからも。
≪霧の一族は進んだ技術力を持っている。目覚めた俺を見つけるのも時間の問題だろう。俺そのもの
 は他の四つの欠片とは比べ物にならないくらいに強い力を発しているからな≫
・・・・ん?
ちょっとまて。
「じゃあ、貴方と同化しているわたしは・・・霧の一族に狙われるってこと?」
≪・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだな・・・。≫
長い沈黙のあとの一言。
大丈夫だ、の言葉ぐらいないのか、とメイアは心の中でため息をついた。
≪・・・・・・・俺だってだな。≫
メイアの考えを読み取ったように意思が口を開く。
≪俺だって最初は一人で何とかしようと思ったんだ。実際ただやられてたわけじゃない。・・・でも、
 どうにもならない事態にまでなってしまった。だから、俺は仕方なく俺と波長の合う人間に助けを求
 めるしかなくなったんだ。≫
意思が本当に心苦しそうにメイアに言う。
関係ない人間を巻き込む罪悪感と、自分だけで何とかできない不甲斐無さ。
世界で最初の存在が、自分の創った自分の中で暮らす一部の存在をどうしようも出来ない、初めて感じ
た『無力』という二文字。
それ以来黙ってしまった意思を励ますようにメイアは微笑ながら言葉を放った。
「あなたの所為じゃないよ。やっぱり一説にあるようにあなたは世界の流れを設定することができるだ
 けなんでしょう。その流れをわたしたちは知らないうちに壊してた。だからこういう事態になったん
 じゃない?」
違う?とメイアは言う。
何も言わない意思を気にすることなくメイアは続けた。
「つまりはわたしたちの所為なわけだし、貴方が悔やむ必要なんて少しもないわ。」
一見無責任とも取れるこの発言だが、意思にはこの言葉が少しありがたかった。
頭ごなしに責められたらどうしようかと、内心考えていたからである。
『自分の創った世界だろう。』『自分で何とかしろ。』など言われたら元も子もない。
「それにわたしたちの招いた事なんだから協力するのは当たり前だよ。」
≪・・・・・・・・・・・たすかる・・・・・・。≫
意思はそれだけ言った。
メイアはこの少しの会話だけでなんだか段々意思のことがわかってきたような気がした。
やはり悪い感じはしない。だから協力しようという気にもなる。
そしてふと、突然思いついたように声を出した。
「ねぇ、あなたって名前ないの?」
メイアの言葉があまりに意外だったのかすこし間があって答えがある。
≪名前?・・・・・・・・・・基本的にはない。≫
また少し考えたような間。おそらく『世界の意思』と答えようとしたのだろう。
しかしこれは名称であって、メイアのいう名前とは少し違う。
ふむ、とメイアは片手を顎において首をかしげた。
「それじゃあ呼びにくいわ。・・・わたしが名前つけてもいいかな?」
≪・・・ああ、別に構わないけど。≫
「そ?・・・それなら・・・。」

ドオォンッッ・・・!!

突然遠くから爆音と震動が森のこの奥の方まで響いてきた。
「な、なにっ!?」
それから少しして黒い煙と、二回三回目の爆音がなる。
煙が上がった位置をみてメイアが目を見開き、近くにある木に勢いよく駆け登った。
「・・・っ村だっ!!一体誰が・・・!」
驚愕を隠せないメイアの頭に意思の言葉が届く。
≪きっと霧の一族だ。俺の気配を感じ取ってきたんだろうが、どうやら具体的な位置まではわかってな
 いらしいな。≫
メイアは意思の言葉に耳を傾け、霧の一族に真正面から向かっていくのは得策ではないと即座に判断し
たが、ハッとして村の方へ駆け出した。
「ッエレナ!!」
メイアは自らの持つ最速のスピードで村に急いだ。
細い足で地面を蹴り、草木を舞うように避け、風を切るように走る。
一方、意思は流れていく景色の速さに圧倒されてメイアを止める事すら出来ないでいた。
通常では味わう事のない、まさに風を切って走るという表現に相応しいスピード。
あの場所についた半分ほどの時間で森を抜けて、障害物が極端に無くなり森の中以上のスピードでメイ
アはひたすら村へ急いだ。
≪は、は、は、速いィィ〜〜!!?止まれぇええ!!≫
「五月蝿い!静かにしてよ!!今はあなたの事考えている暇なんてないのっ!」
≪いぃぃぃぃいぃぃやぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜!!!≫

少ししてから村についた。村はすでに半分以上が潰されていて煙と炎が充満している。
家を真っ赤な炎が包み、人の悲鳴が煙の奥から上がっては消え、消えては響く。
地面にはもう事切れた人々が幾人も倒れている。
これが地獄絵図、というのだろうか?
メイアは紫に近い蒼の瞳が炎の熱で乾くにも関わらずまばたきを忘れたように目を見開いて呆然と立ち
尽くしていた。
「・・・こんな・・・こんなことって・・・。・・・!エレナァ!!」
メイアは正気に戻って煙と炎と悲鳴の中に飛び込んでいった。
エレナの名前を叫びながらメイアは村の中心である一番の豪邸に向かう。
もしかしたらもう逃げたかもしれない。無駄足かも。それでも、無事が確認できればいい。
メイアはエレナと同じ様な背格好の女性が倒れているのを見るのももううんざりしてきた。
村がこんなに広いと感じたことは今まで一度も無い。彼女の家は入り口からそう離れていなかったはず
なのに。
「キャアァァァァッッ!!!」
再びあがった悲鳴にメイアが身を強張らせる。
聞き覚えのある声に声がした方へ急いで身を翻した。
やはりそんなに広くない、と今度は思う。
霧の一族の男と薄い水色の髪を乱した女性が恐怖に顔を歪ませて腰を抜かして懸命に逃げようとしてい
る姿が視界に入った。後ろに家の壁があるにも関わらず、どんどん後ろに下がろうとしている。
こちらに背を向けている男は勿論、今のエレナの頭には恐怖しかなくメイアの姿に気がつかない。
「俺好みの女だがな、皆殺しにしろとの命令だ。怨むなら上を怨めよ・・・。死ねぇー!!」
「〜〜〜死ぬのは手前ぇだ!糞野郎がっ!!」
ゴツッ
メイアは走っているスピードをさらに上げて、小柄な体を宙に浮かせ両足で男の脳天に蹴りを入れる。
エレナに剣を振り上げていた男は民家の木の壁に頭を埋め込んでそのまま気絶した。
「はぁ、はぁ・・・エレナ・・・。」
「メ・・・メイ・・・ア・・・?・・・・メイアァッ・・・ッ!!」
エレナはメイアの姿を確認してホッとしたのかボロボロと涙を流し始めた。
いつもより小さくなっているように見えるエレナの体を抱きしめようとして、メイアは躊躇する。
・・・・腕が。右腕が、無い。
肩から真っ赤な血が流れて彼女の服を同じ色に染めていた。
「エレナッ!ごめん、遅くなった所為だ・・・。まって、今すぐ薬を・・・・あ・・・!」
持っていない。
森に行ってそのままだった為装備をそろえてきていなかったのだ。
今更後悔しても遅い。メイアは素早く自分の服を破り傷口に当てて、今度は二の腕まである手袋を包帯
の代わりにして止血をする。
たいした効果が得られるとは思わないが何もしないよりずっといい。
「エレナ、立てる?とりあえずココから離れよう」
「・・・う、うん。けどゴメン、肩貸してもらえる?」
「もちろんよ。謝らないで」
メイアはエレナを担いで立ち上がらせる。
身長差からか、何度もよろめきながら一歩一歩ゆっくりと進んでいく。
あまりゆっくりともしていられないがこんな状態のエレナが走ることなど不可能だ。
≪おい、早く脱出した方がいいぞ。霧の奴らのことだ、こんな近くに強い波動があって見す見す逃すわ
 けがないからな。≫
「そんなことわかってるわよ。」
「・・・?クライメイア?」
「え?・・・ああ、なんでもない。気にしないで。」
急に話し掛けないで、と心の中で言う。
先程は自分一人だったので今も同じ様に声に出して話してしまったのだ。
不思議そうにしているエレナを誤魔化しつつ、メイアたちは着々と村の外を目指す。
「おぉっと。どこに行こうというんだ?」
2人の後ろから声がかかる。
驚いて振り向くと幾人かの影。炎でよく見えないがシルエットは普通の人間ではない。
さっきの言葉は1人だけ前に出ている男から発せられたようだ。
「もう見つかった!?」
メイアがバッグからナイフを取り出して身構える。
ナイフを握る手に自然と力が入り汗がにじむ。
エレナも緊張しているようでメイアに掴まる力が強まった。
「まさかまだ生き残りがいるとはね。なかなかしぶとい。・・・ああ、そっちの女。まだ生きていたの
 か。後始末を任せたのが帰ってこないのはおかしいと思ったんだ。」
ニィ、と男の口元が歪む。
御世辞にも整っているとはいえない顔がさらに醜くなる。
「・・・・・・あなたが、やったのね・・・!?」
メイアの瞳がみるみるうちに憎しみの色に染まっていく。
大切な、一番大切な友人の腕を持って行かれて我慢が出来るはずもない。
メイアはエレナを降ろして目の前の敵を目掛けて斬りかかる。
「エレナ、そこにいて!!」
「メイアッ!!?」
「・・・はぁっ!!」
ざしゅっ!!
「ぐっ!!?」
リーダーらしき男はメイアの予想以上のスピードに不意を付かれて腕を浅く斬りつけられた。
避けきれなかったものの、反応が遅ければ腕は確実についていなかった。
「ちっ!」
エレナと同じ目にあわせようとしたのだが怒りに任せた攻撃ではたいした効果は得られない。
相手の間合いから離れて、メイアはもう一度ナイフを持ち直す。
≪何してんだ!ここは戦わずに逃げることだけ考えろ!!≫
メイアがもう一撃加えようとしているのを感じ取り、意思が素早く止めた。
その頭の中に直接響く声のおかげで冷静になり、急ぎエレナのところへ走る。
「・・・・・・っこのアマ!よくも俺の腕を!!」
≪・・・阿呆っ!!逆上しちまったじゃねぇか!≫
メイアはエレナを背に庇うようにして立ち、迎撃態勢を取る。
こうなったら潔く戦うつもりらしい。
男は手下に「行け!」と命令し、それにあわせてその場にいた影全員が一斉にメイアに向かって飛び掛
かる。
メイアはバッグに手を入れて数個の袋を投げ付けた。
当然霧の一族はそれを全て切って破裂させる。
ニヤリ、とメイアの口元がうっすら上がる。
それに合わせたかのように霧の一族はメイアたちのところに付く前にドンドン順に倒れていった。
「!?・・・貴様、なにをした!」
「さっきの袋は魔獣に襲われた時のために持ってきた睡眠薬と痺れ薬。人間には効果がないから貴方た
 ちにもどうかと思ったけど、霧の一族には効くみたいね。」
メイアはもう三つ袋を取り出して倒れている集団の中に投げ付ける。
もう少し倒れていてくれれば逃げるのに楽だからだ。
「だがそんなに早く効くはずが・・・!そうか、貴様魔導薬師だな!?」
男が鼻息荒くしてメイアを指差す。
返事をするかわりにメイアは口元だけに笑みを浮かべた。
≪そうか、お前魔導薬師か・・・。≫
「・・・そんなに有名でもないけれど、すこしは腕が立つつもりよ。」
メイアは両方に聞かせるように言った。
メイアは微かに浮かべていた笑みを消してその瞳を獲物を狙う鋭いものに変える。
そしてその瞳を自分の握るナイフへゆっくりと移した。
「・・・・・・あなた、結構強いのね。」
行き成りの言葉にその場にいた意識のあるもの全員が首をかしげる。
その雰囲気を察しているのか無視しているのか。彼女の場合は確実に後者だろうが。
「このナイフ、一応致死量の毒がついてるのに。」
ふぅ、とため息をついてナイフを拭う。
毒が効かないとなれば自分を間違えて切る前に取っておくべきである。
≪・・・そんなんで薬草きってたのかよ・・・。≫
(違うわよ。あの薬草が強力で、必然的にそれを切ったこのナイフに毒並の薬がついてるの)
≪ああ、納得≫
この状況でなんだか呑気な2人。
メイアが意思の突込みを軽くあしらっているようにも聞こえるが。
(というか、世界の意思が自分の体にある植物も把握してないの?)
≪世界の全てを把握しろって言うのは酷だぞ・・・?≫
(・・・それもそうね。)
メイアと男はにらみ合ったまま動かない。
男は妙に冷静なメイアに警戒心を抱いているのだ。
「セトさま!!」
後ろから別の霧の一族が走ってくる。
このリーダー格の男はセト、というらしい。
「あの女から強い波動が感知されました!」
「何!?」
≪おい、どうすんだっ!バレたぞ!!≫
メイアは冷や汗を流してエレナを抱きかかえた。
そのまま支え直しつつ敵のいないほうに走り去る。
「あっ!追え!!」
手負いのエレナを抱えてはいつものスピードは出せない。
それなりにゆっくり走っているため追いつかれるのは時間の問題だろう。
薬を巻きつつ応戦しながら走っているがもうそんなに個数がない。
≪おい、そこの家に逃げ込め!少しは時間稼ぎになる!!≫
「わかった!」
メイアは家の中にドアを蹴破ってはいる。
他の家も霧の一族が乱暴に開けたのか似たようになっていたので、こうした方が目立たない。
「エレナ、ごめんね。大丈夫?」
「平気。大丈夫だよ。」
平気でないことぐらいメイアにはわかる。
いつもに増して蒼白の顔。震える声は隠せていない。
そう、と気を遣うエレナにメイアは苦笑いで答える。
「それにしても、こんなことになるなんてね。まさかここまでヒドイ種族だとは思わなかった。」
≪そんなこと分りきっている事だろう。・・・だいたいお前がこんなところにこなければもっと早く安
 全なところに逃げれたろうに。≫
「・・・そういう問題じゃないでしょう。たしかに自ら危険な事に首を突っ込むのは賢いとはいえない
 けど、ここはわたしの故郷のようなものだわ。それに、エレナを放っては置けない。」
「メイア?」
独り言のように喋っているメイアを心配そうにみつめるエレナに、メイアは説明する必要と時間がない
ことから、気にしないで。とそれだけ言う。
それからエレナの応急処置をするために救急箱を探し出して手際よく処置を施していった。
清潔な布と包帯でなかなか乾かない傷口を押さえる。
時折エレナから我慢するような呻き声が出て、それを聞きながらメイアは顔をしかめた。
手当てを終えて少しだけ休むと敵が周りいない事を確認してから急いで外に出る。
肩に担がれているエレナはとても申し訳なさそうにして懸命に足を動かしている。
「大丈夫。絶対助かるから。」
メイアはエレナにそれだけを何度も何度も言う。
それはエレナにではなく自分に言い聞かせているようにも聞こえる。
途中何度か見つかりそうになるが、そこは隠れたり薬をつかって何とか切り抜けた。
思いのほか時間がかかったが、何とか村の終わりまで来る事が出来た。
「もうすぐ出れる。そしたらちゃんと手当てをしてもっと遠くへ行こう。」
「ええ・・・。」
ホッとしたようなエレナの呟きにメイアの顔にも安堵の色が窺える。
二人は顔を見合わせて微かに笑うとすこし足早に出口へ向かった。
ドンッッ!!
「!!・・・っぁ!!?」
突然エレナの体がメイアの支えをすり抜けるように前へ飛んだ。
数mとんだところで地面に体が跳ね返り、止まる。
動かなくなったエレナの体から真っ赤な液体が流れ出て血溜まりを作り、乱れた水色の髪までも紅に染
めた。
「・・・エレ・・・ナ・・・?」
メイアは暫く呆然としていた。
あまりに突然の事で思考が追いついてこない。
  ―――動かない。 体に開いたあの穴は何?
妙に頭の中が冷静で、それと同じ様に体も静止したかのように冷たく固まっている。
「まさかこのまま逃がすとでも思ったのか?」
メイアは振り向く力も、気力さえなかった。
しかしその声で分かる。自分のすぐ後ろにセトがいる事が。
恐らくエレナの体に大穴を開けたであろう武器が自分に突きつけられている事も。
≪おい、しっかりしろ!!お前も死ぬぞッ!!≫
  ――死ヌ? 誰ガ。
意思の声が一部分だけメイアに届く。
  ――死ンデル? 誰ガ。   ―――エレナ―――
「うわああぁぁぁぁぁ――――――――ッッ!!!」
メイアが大声で鳴き叫ぶ。その目に涙は、無い。
セトの驚きも、意思の声も彼女の耳には入っていない。
メイアの顔からは『人』が消えていた。その上にあるものは怒りと恨みと憎しみ。
髪の毛が逆立ち、村を覆う炎が比でないほど強く紅いオーラがメイアを包んでいる。
普段押さえている強い魔力が怒りによって肉眼で見えるほど濃厚に練られ漏れ始めているのだ。
セトがあまりの強い魔力に額に冷や汗を玉のように浮かべながら後ろに一歩下がった。
ブワッとメイアから魔力の風が吹き出てセトの体を吹き飛ばす。
もともと腰が引けていたので簡単に紙のように飛んでいく。
メイアはそのまま風にのるようにして自分の最速のスピードでセトに詰め寄った。
「ぎゃぁああっっ!!」
セトの左腕の肘から下が地面に落ちる。
メイアの手にはナイフがきつく握られていて、再び太刀を振るうが、ギリギリで避けられた。
「くっ。一度引くか・・・。」
セトは後ろに大きく跳び、そのまま瞬間移動の魔法を使って消えた。


セトが消えるのと同時に霧の一族全てが消えた。
メイアはその後皆殺しにされた村人の墓を作った。
あの中で逃げられたものは誰1人としていなかったのである。
地面に爆薬で穴をあけ、知っている限り家族同士で一緒に土をかけてあげる。
そして、最後にエレナの墓を作った。
墓前でメイアは虚空を見つめながら腰を降ろしている。もうどれだけ経っただろうか。
「さて、と・・・。」
メイアは重い腰を上げて服についた汚れを掃った。
改めて空を見上げると今日が晴れだった事を思い出す。
先程までの事が嘘のように美しい青空がどこまでも広がっている。
風が柔らかく気持ちいい。
「綺麗だ・・・。この世界を壊そうとしてるのね。」
≪巻き込んでしまってすまない。・・・だが、協力して欲しい・・・。≫
「ええ。さっきも言ったでしょう。それにわたしにはもうここに残っている意味がない。」
メイアは空中に話し掛けるようにゆったりとした口調で言葉を紡いでいる。
≪・・・ほんとうに、すまない。君の友人も俺が殺したようなものだ・・・。≫
「それもさっき言ったわよ。あなたが悔やむ必要は無いって。・・・あなたの所為じゃなくてわたしの
 せいだもの。守れなかった。・・・ただ、それだけよ。」
苦しそうな声に意思は慰めの言葉も何も思いつかない。
その考えを読み取ってか、メイアは微かに笑みをこぼす。
「ま・エレナを守れなかった分貴方を守るわよ。もう行きましょうか、ウィル。」
≪・・・?ウィル?≫
「貴方の名前。どこかの言葉で意思っていう意味だった気がするけど・・・。よく覚えてないわ、昔古
 い書物で読んだの。そうそう、わたしの名前はオール・ティス・クライメイア。メイアでいいわ。で
 も、他の事は聞かないでね、わたしも知らないから。」

間。

≪は?≫
当然のように言うメイアに意思の、ウィルの突っ込みが遅れる。
くすくす、と小さな笑い声が響いて返事がある。
「わたし、五年前ぐらいから記憶がないのよ。覚えていたのは名前だけ。そう、あなたを拾ったあそこ
 で倒れてたのよ。頭の中真っ白で。」
≪おい、こらっ!拾ったゆーな!!≫
「あはは。まあ、ともかくよろしくね。」

ここから、2人の物語が始まる。




〜あとがき〜

ふし〜、書き直せたぁ。
結構元々あるものを書き直すのも大変ですね。
それにしてもちょっと変えてみたんですけど、どうでしょうか?
って、以前のを見たこと無い人には分りませんよね。(−−;
まあ、こんな感じで変えて見ました↓
「エレナ」⇔「セリーヌお婆さん」
「セト」⇔「セルヴァ」
と、この二ヵ所ぐらいでしょうかね?
なんか間違っているところがあったら教えてください。
それにしても元が暗いから書き直しも暗い・・・。
所詮こんなものでしょうけど。



(UP・'03・3・15)

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