聖なる意思-6

聖なる意思



ズキズキズキ・・・・・・。
「・・・・・・う・・・」
≪まだ痛むのか? 少し休もうか?≫
「大丈夫・・・・・・つっ!」
「ハァ、休むぞ。無理をしたってなんにもならん」
身体を気づかってくれているらしい二人に、メイアは笑んで額の汗を拭った。
「平気だって。もうすぐ王都だし・・・・・・」
「王都? ルナジーヴァか?」
そう、とメイアは頷いた。
王都・ルナジーヴァはこの世界で最も歴史が長い。よい王が過去にたくさんいたというのも都の繁栄の理由の一つだが、もう一つ忘れてはならないのが国主を支える王直属の騎士団だ。
騎士団は大まかに武装軍、知能軍、魔法軍の3つに分けられ、この3軍が協力し助けあって王国を守ってきた。
そのため、王都の守りは強固で、この国で最も安全な場所ともいえよう。
「ルナジーヴァについたら宿をとって休むよ。多分、もう目と鼻の先だし」
≪そうか。無理だけはするなよ?≫
「うん、わかってる」
ズキッ!!
「うっ・・・・・・」
「・・・・・・おい」
シルヴァが手を差し出して、メイアはそれをキョトンと見つめる。
「なに?」
「・・・・・・・・・」
鈍いメイアに業を煮やしたシルヴァが、無理矢理メイアを背負った。
メイアが驚いて声を上げる間もなく、シルヴァは先へ足を進める。
「え、ちょ・・・・・・大丈夫だから」
「やかましい。メイアのペースにあわせていちいち止まられてたら日が暮れる。黙ってくっついていろ」
無理矢理だけど温かい心遣いに、メイアは微笑む。
メイアはシルヴァに小さくお礼をいって、しっかりと首に捕まった。
≪やさしーじゃん≫
「うるさい」
「照れなくてもいいじゃない、シルヴァ」
「・・・・・・このまま放すか?」
「冗談じゃない。本気にしないでよ」


ルナジーヴァは王都ということだけあって、かなりの大きさだった。
城壁も高く、警備も厳重。安全だという理由がわかった気がする。
≪やっぱりすごいな。それに、人も多い≫
「だが、異常に多すぎはしないか?」
シルヴァが宿の窓から外を見て、眉間に深い皺を刻んでそういった。
たしかに2階の食堂から見ても地面が見えないほど人がいる。
実際、この宿にくるまでもかなり苦労した。
「王都だからね。今まで寄った所のどこよりも多くて当然でしょ」
「・・・・・・そんなものか?」
「そんなものじゃない? まあ、わたしも驚いたけど」
メイアはそう言ってから冷水の入ったグラスを口につけた。
≪・・・・・・まだ痛むか?≫
「え?」
≪手。頭触ってるぞ≫
水を飲みながら無意識のうちに手が額の辺りをさまよっていた。
メイアは苦笑いしながらその手をテーブルの上に置く。
「ピークは過ぎたみたいだけど、やっぱり時々痛むかな」
痛みは激しく頻繁な時と、違和感がある程度で痛いと言うまではいかないものが交互にあった。
酷い頭痛の時にはなにかヴィジョンが見える。でもそれは断片的すぎたり、今まで見たものとつながりがなかったりしてそれだけでは何か思い出すことはなかった。
ガシャンッッ!
何かが割れる音がしてそちらを向くと、ガラの悪い男たちが店員に何か言っているようだった。
「どうしてくれるんだよ、俺の服が濡れたじゃねーか!」
「申し訳ありません!! 今お拭きしますから!」
「拭くだぁ? 何言ってんだ、弁償に決まってんだろ、あぁ!?」
「え・・・・・・。でも、お水ですから・・・」
「水だからなんだってんだ!」
気の弱そうな店員は、凄い剣幕でそういわれて黙り込んでしまった。
困ったようにめを泳がせる店員を怒鳴りつける様子をみて、シルヴァが
「バカが。たかが水がかかっただけだろうが」
と、聞こえるように呟いた。
案の定男たちはこちらに向かってきた。
「てめーか、今言いやがったのは」
「そうだが」
「すかした顔して気にいらねぇ。もういっぺん言ってみろ」
「なんだ、聞こえなかったのか? それともそのいかにも頭の悪そうな面のとおり、バ・カで我の言葉が理解できなかったのか?」
「! てめっ・・・!!」
「シルヴァ、いい加減にしなさい。・・・・・・あなたがたも、もういいでしょう。謝っているんですから。それでもこれ以上騒ぐというなら騎士団を呼びますよ」
男たちとシルヴァのやりとりに割り込んで、メイアがいった。
男たちは舌打ちをして、メイアの事を睨みながら食堂から出て行った。
ガタン。
「・・・シルヴァ? どこにいくの?」
「気分が悪い。気晴らしにでてくる」
「そう」
メイアは短気な長身の男を、苦笑いで見送った。
≪あいつ、本当に短気だよなぁ≫
「・・・・・・ウィルも負けず劣らずだけど?」
≪そんなことねーよ!≫
それが短気だっていうんだけど、とメイアはひっそりと思った。


(・・・・・・しまった・・・。宿の部屋にいればよかった)
人込みの中でシルヴァは端正な顔を歪めて歩いていた。
一通り王都を歩いて宿に帰る途中、外に出たことをほとほと後悔していた。
考えなくてもわかった事だ。ずっと人が多いと話していたはずなのに。
(人間人間人間人間。こうも人間に囲まれていると余計気分が悪い)
それでも宿にすぐ戻ることは気が引けたので王都の中を回ることにしたのだが・・・・・・思ったとおりうんざりするほど疲れた。
人が多いだけならばまだいい。眼つきは悪いが必要以上に整った顔立ちのせいで周りが騒がしいのがさらに疲労を誘う。
「よう、さっきはどーも」
シルヴァの肩に手が置かれて、振り向くとさっきの食堂でからんで来た男たちがいた。
「・・・・・・何のようだ?」
「とぼけんなよ。わかってんだろ?」
男の声に、シルヴァはニヤリと笑った。
「宿での続きをやろう、とでも言いたいのか?」
「そうだ。わかってるじゃねぇか」
「・・・・・・憂さ晴らしに相手ぐらいはしてやるが、とりあえずこの汚い手を離せ」
シルヴァは肩に置かれた手をはらって男たちに向き直った。
ざわっ、とシルヴァの髪が微かに逆立って、嫌な魔力の風が吹いた。
牙を見せて殺気で目を光らせ、手を上げようとしたとき
「こら、そこ! 何をやっているんです!?」
と、またも止める声がした。
高い声がしたほうをみると、眼鏡をかけた11か12そこらの少女が眉間に皺を寄せて立っていた。
少女はキッと目を吊り上げて、臆することなく男たちを睨んでいく。
「こんな道の真ん中でなんですか。いい大人が馬鹿馬鹿しい」
「・・・・・・なんなんだ、この餓鬼は・・・?」
少女は呆然とつぶやく男の方へ、視線を動かした。
「失礼ですね、あなた。あまり口がすぎると騎士団魔法軍5番隊隊長の名においてあなた方を処分しますよ?」
「騎士団!? それも魔法軍の隊長!? この餓鬼が!!?」
「餓鬼、餓鬼と。口が悪いですね。・・・・・・つれていきなさい」
「はっ!!」
小さな隊長に気を取られて気がつかなかったが、後ろのほうに何人かの騎士団がいた。
シルヴァを囲っていた男たちはあっという間に取り押さえられて、どこかに連れて行かれた。
「・・・・・・で、あなたは・・・」
「連れて行くのならそれで構わぬが、一応我は絡まれただけだと言っておくぞ」
少女はじっとシルヴァを見つめたあと、後ろにいた部下を下がらせた。
「絡まれたのなら仕方ありませんね。見たところ旅人のようですし。でも、出来ればケンカは買わないで頂きたいです。それと、二度はありませんから」
では、といって少女は去っていった。
金の髪と青い瞳が、よく知った女を思わせる。
「・・・・・・なんなのだ?」
背中が見えなくなった後、シルヴァはぽつりと呟いた。
「よかったねぇ、見つかったのがアン様で」
すぐ隣りにいた老婆が人の良さそうな柔らかい笑みを浮かべてそう言った。
「アン様・・・?」
「あぁ。アン様は御年11歳にして魔法軍の隊長にまで登りつめたすごいお方さ。だけどそれを鼻にかけず、我々にも優しくしてくださるいい方だよ」
11、とシルヴァは口の中で呟いた。
普通騎士団に入るのは早くて15過ぎ。それでも早すぎるぐらいなのに、11で騎士団にまで登りつめるとは。
恐ろしい才能と魔力の持ち主だということが容易に想像できる。
「そのせいでいろいろ苦労も多いだろうに。・・・・・・あの方はかわいそうなお方だよ」


「あの、先ほどは申し訳ありませんでした」
「え? ・・・・・・ああ、いえいえ。別に気にしていません」
あれからしばらく経って、仕事が一段落ついたのか店員がメイアに謝ってきた。
謝られたメイアの方は本当に全然気にしていなかったのでもうすっかり忘れていたが。
「大変ですね、あんな人の接客までしないといけないなんて」
「仕事ですから。それに、普段はあんな人はほとんどこないんです」
「そうなんですか?」
「ええ。どうやら今日か明日あたり魔法軍のほうで大掛かりな出陣があるらしくて。忙しいせいか騎士団の警備が少しばかりゆるくなるんですよ、それで」
へぇ、とメイアは頷いた。
「・・・・・・ところで、ずっと気になってたんですけど、あのカウンターの上にある肖像画はなんですか?」
「あぁ、アン・フィート様ですよ」
「アン・フィート?」
「はい。騎士団魔法軍だった方で、この国の英雄です。魔術士なのに剣術の達人だったので“剣帝”とも呼ばれています。ですが・・・・・・」
「オイ! いつまで喋ってんだ! さっさと料理運べ!!」
「あ、すみません!!」
叱られてパタパタと駆けていく店員の背中が消えていくのを見てから、メイアは肖像画に視線を移した。
少し前のものなのか、色褪せているうえ汚れていて顔が判別できない。だが。
(金の髪と青い瞳。もしかしたらわたしとなにか関係がある人かも)
自分と少し共通するところがあるというのだけはわかった。
≪! メイア≫
「ん?」
≪外見てみろよ。面白いことになってるから≫
「外・・・・・・? って、まぁたシルヴァは・・・・・・」
メイアは顔に手を当てて溜息をついた。
少し前に出て行ったシルヴァが、宿のすぐ前で騒ぎを起こしていた。それも相手はさっきの男たちだ。
とりあえず殺さないように見張っていようと、メイアは半ば呆れつつその光景を見ていた。
「・・・・・・あ、いけない」
魔力を使おうとしている。メイアが止めようとしたその時、騒ぎの中に入っていく少女の姿があった。
自分とそっくりな・・・いや、自分と同じ色をした金の髪。
(あれは・・・・・・)
ズキッ!!
「ぁうっ!!」
≪メイア? どうした、また痛むのか?≫
ウィルの声は聞こえなかった。鈍器で頭を思い切り殴られたような痛みが全身を突き抜ける。

『どうしてもいっちゃうの?』
『・・・・・・大丈夫、わたしは絶対に帰ってくるから』
『本当? 絶対、絶対ね?』
『うん、絶対帰ってくるから。・・・わたしが約束破った事、ある?』
『・・・・・・ううん』

寂しそうに首を振った、少女の顔。コレは・・・・・・誰、なの?

≪メイア! しっかりしろ!!≫
「っ!! ・・・・・・あ・・・?」
ウィルの声に、メイアは正気に戻った。
あんなにも強く激しい痛みだったのに、もう余韻すらない。
≪大丈夫か? もう寝てたほうが・・・・・・≫
「・・・・・・そうする」
ウィルに言われてメイアが席を立つと、丁度シルヴァが上ってきた所だった。


「さっきの? ・・・・・・ああ、アンとかいう子供のことか?」
部屋に戻ったところで、メイアがシルヴァにさっきの少女について聞いた。
聞かれたシルヴァは不思議そうにしていたが、特に何も言わず、答えてくれた。
「騎士団魔法軍5番隊隊長で、年齢は11だといっていたな」
「・・・・・・もしかして、フルネームってアン・フィート?」
「さてな」
自分に関係のないことなので興味を示さなかったのだろう。なんとなくこの返事も予想ができた。
「・・・・・・だが、メイアに少し似ていたな」
「え? どんな所?」
「色」
・・・・・・・・・・・・。
「それって金髪ってだけじゃ・・・・・・」
即答かつ短い答えに、メイアががっくりと項垂れる。
しかも短いだけでなく、金髪など結構いる。たしかに似た金の色だがそれだけで似ていると言われても。
「付け足すならば青い瞳だな。顔は・・・・・・まあ、よくわからぬ」
≪役立たず≫
「・・・・・・人間の顔になど興味ない」
ウィルに言われてシルヴァが声のトーンを一つ落としてそういった。
≪どうだか。本当は覚えてないんじゃないのか?≫
「五月蝿い。黙らんか」
「はいはい、静かに静かに。・・・まあ、1回みただけじゃ印象に残らないかもね」
ごろん、とメイアはベッドに横になって目を瞑った。
――さっき見えたヴィジョンの少女。あれがあのアンという少女なのだろうか。
だとしたら、彼女は自分とはどういう関係なのだろう。
シルヴァのいうように金の髪と青い瞳の共通点でいうならば血縁者だろうが、そうなると姉妹か従妹か。年齢差で考えれば親子でないことだけは間違いない。
・・・・・・そういえば。
(スクッサで見たものは。・・・・・でも、あれは姿がぼやけてよくわからない)
“姉さん”と言っていたが、メイアの事を呼んでいたのか、もしくは別の誰かを呼んでいたのは分らない。
それにあれがヴィジョンの少女と、アンという子と同一人物なのかもはっきりしない。

「・・・・・・はぁ」
「・・・悩んでいても仕方ないんじゃないか? 思い出せないものは思い出せないし」
「そうだよねー・・・・・・・・・ってウィル!? あれっ、わたしいつの間に寝て・・・」
目の前に現われた男を見てメイアが驚きの声をあげる。
ウィルは少し困ったように笑ってからメイアの頭を撫でた。
「ゆっくり寝かせてやろうとも思ったんだが、随分悩んでいるみたいだったから」
相談にのってやる、とウィルがいう。
気持ち悪いぐらい異様に優しいウィルにメイアが瞬いた。
「え? なんか・・・・・・今日は優しいね?」
「俺はいつも優しいだろう?」
「・・・・・・ぷっ。そうだね、やさしいかもね」
「かも、というのが気に入らないが、まあいい」
くすくす笑うメイアをみて膨れたようになるウィル。それがおかしくて、メイアがまた笑う。
「いい加減おさまれよ」
「ごめんごめん。・・・・・・でさ、ウィル。わたし、あの子に会ってみようかと思ってるんだけど」
「会う?」
うん、とメイアが微笑む。
「血縁者であることは間違いないと思うの。それも面識があって、結構親しかったんじゃないかな。窓から見ただけであんなに凄い頭痛だったんだもん」
「と、すると、あの子に会えば何か情報が手に入るかもしれないな」
「でもあの子、魔法軍の隊長でしょ? 簡単にはあえないかもしれない」
「まあ、ダメ元で行ってみろよ。もしかしたら会えるかもしれないし」
もう一度ウィルがメイアの頭を撫でながらにこやかに言った。
メイアは不思議そうに頭を撫でるウィルを見上げる。
「・・・・・・なんだ?」
メイアの視線に気付いてウィルが頭から手を止めて聞いた。
「いや・・・・・・なんか雰囲気違わない?」
「別になんだっていいだろ。せっかく気を使ってやってるのに」
「だって、いっつも不機嫌だったりするのに、笑ってるから・・・・・・」
「どーせ俺は不機嫌ですよ」
「ああ、ゴメンゴメン!」

「・・・・・・ふぁ・・・・・・」
「起きたのか?」
メイアが伸びをして、声をしたほうを見たら椅子にシルヴァが座っていた。
「あれ? シルヴァ寝てなかったの?」
「・・・? 寝てないわけないだろう。・・・・・・ちなみに朝だぞ?」
「へっ?」
シャッ!
シルヴァが面倒くさそうに立ち上がってカーテンを開けた。
遮られていた朝陽が、目覚めたばかりの目に痛い。
「・・・・・・本当だ」
「久々のベッドだったからだろうな。横になってすぐ眠っていたぞ」
「しかもシルヴァより起きるの遅いし・・・」
いや、とシルヴァが窓枠にもたれながら目を鋭く細めた。
「明け方からピリピリした空気が気持ち悪くてな、目が覚めただけだ」
「ピリピリ?」
「・・・・・・理由はわからんがな」
シルヴァは窓枠から離れて椅子に座りなおした。
メイアは首をかしげながら手櫛で髪を梳いた。
≪あれじゃないか? 昨日言ってた大掛かりな出陣ってやつ≫
「あー、そっか。そういえばそんなこといってたね」
「・・・・・・ならばさっき出て行った黒服の集団はそれか」
「出たって、早・・・・・・く、ないね。そんなに寝てた? わたし?」
外の明るさと時間を見てメイアが苦笑いをしながら頭を掻く。
「まあ、ヨダレをたらしながら眠っていたことは否定しないな」
「あー、嘘」
メイアが興味なさそうに口元を撫でた。
特に濡れた感じも渇いてガチガチになった様子もない。
「そうだシルヴァ。着替えて朝食とったら城に行くから」
「・・・・・・城、にか?」
「うん。昨日のあの子に会いにね」
「・・・まあ、別に構わないが」
シルヴァの許可をもらって、メイアは着替えはじめた。
ちなみにシルヴァは、一応背中を向けている。

着替えが終わり朝食をとって、二人は城に向かった。
城の門はルナジーヴァに入ってきたときのものよりもいくらか高く、とても威圧感がある。
重い感じがなんとも息苦しい。
≪・・・・・・うーわー・・・・・・≫
「・・・・・・我は中にまで行かぬぞ?」
「いいけどね・・・・・・。まあ、とても入れてくれるとは思えないけど」
門から少し離れた所でシルヴァは止まって、メイアは門のほうへ歩いていく。
門番2人がメイアに気付いて、止まるように指示する。
「なんのようだ? 見たところ王都のものではないな?」
「ええ、旅をしていてその途中王都に。それでお尋ねしたいのですが」
メイアの丁寧な物言いに門番の警戒が少し緩む。
「聞きたいこと?」
「騎士団魔法軍5番隊隊長のアン、という方にお会いしたいのです」
「フィート隊長に? 悪いが、5番隊は討伐隊として外へ出ている」
「討伐隊・・・・・・今朝の?」
「ああ、東の山へな。魔物退治だそうだ」
(・・・・・・魔物退治? 魔法軍が、東の山へ?)
ズキッ
頭痛がして、頭を押さえた。
だが、今度は様子が違った。痛み自体はそんなに強くないが、小刻みにズキズキ痛む。
――おかしい。
そう心の中で叫ぶ声がする。この頭痛も警報のような気がする。
「・・・そうですか、ありがとうございました」
メイアは痛みを我慢して門番に深く頭を下げ、シルヴァのほうへ歩き出す。
(変だ。東の山に行くだなんて・・・・・・。でも、何がおかしいんだろう)
分らない。分らないが間違いなくおかしい。
どうしてそんな気がするのだろう。どうしておかしいと分かる。
「・・・・・・それにしても、フィート隊長も大変だよなぁ」
「そうそう。この間ようやく隊長につけたと思ったら任務だらけ。あの小さい体でどれだけ頑張ってるんだろうな」
「ああ。それにほら、この間婚約までしただろ?」
「あー、ルイ参謀長とのやつだろ?」
(!!!! ルイ・・・ッ!!?)
――――そうだ、思い出した。
「それにしても年の差がありすぎるよな。11と30だろ? ロリコンなのか、参謀長は」
「さあな。とにかく以前の婚約話がだめになったからアン隊長にしたんだろ。どちらも魔術は凄いからな」
――――東の山は
≪・・・・・・メイア?≫
ダッ!! メイアはもう一度振り返り門番のほうへ走り出していた。
片方の門番の胸座を掴んで壁に叩きつける。
「その話は本当か!!」
「なっ!! なにをしている、キサマ!!」
メイアは剣を抜こうとする残りの門番にガンを飛ばす。門番はあまりの眼力に金縛りにあったかのように動けなくなった。
ただ恐怖が全身を支配して、背中と額に冷や汗が玉のように浮き出てくる。
≪おい、メイア! どうしたんだ!?≫
ウィルの声も聞かず、メイアは声のトーンを落として目の前の兵士に声をかける。
「・・・・・・もう一度聞く。その話は、本当なのか?」
――――東の山の魔物は
「婚約の、話なら・・・・・・本当だ。ルイ参謀長が直々に・・・・・・」
明らかにメイアの目の色が変わった。
門番の胸座を掴んだ手が緩み、かわりにもう片方の手に力が込められる。
「・・・・・・もう一つ聞く、魔法軍5番隊の出陣はルイ参謀、長の指示か?」
「さ、さぁ。そこまでは・・・・・・」
――――東の山の魔物は、わたしが

『・・・・・・メイア、終わったのか?』
『ルイ参謀・・・・・・。はい、すべて計画通りに』
『やめたまえ、君とわたしは婚約者だ。二人きりのときにまでそう呼ぶ必要はない』
『ではディエゴ・・・。一つ言わせてもらうけれど』
『なんだ?』
『あなたの作戦は無駄がないように見えるけれど、実際、実戦に出て戦っている兵にしてみたら無理が多いわ』
『・・・・・・それは例えば、君が一人で戦いに行くというもののようにか?』
『ええ』
『だが、我々の軍は先の戦いで傷ついた者が多い。その中で戦えるものといったら極小数、城も空けるわけにいかんから最良の選択だとおもうが? それに、君だから任せられたのだ。“剣帝”――“オニ”と呼ばれる君にね』
『・・・・・・そうですね。そのアナタの指示どおり、東の山の魔物は全て滅しました。アーク・ルイ・ディエゴ参謀』

――――東の山の魔物はすべてわたしが殲滅したはずだ・・・!!!
「・・・・・・すまなかった。ありがとう」
メイアは門番にそれだけ謝って踵を返す。
(バカが!! どうしてあの子を見たときに思い出さなかったの!? ・・・・・・お願い。無事でいて、アン!!)
「シルヴァ!」
「どうした? 随分もめていたようだが?」
メイアは走っていった勢いのままシルヴァに突っ込み、顔を近付ける。
「頼む!! とってきて欲しい物があるの!!」
「・・・・・・とってくるもの?」
異様なメイアの迫力に飲まれながら、シルヴァはやっとそれだけ問い返した。


「・・・・・・?」
「どうかしたのですか? フィート隊長」
「いいえ、別に。・・・・・・ただ、名前を呼ばれたような気がして」
行きましょう、とアンは後ろへ向けた顔を前へ戻した。
そのすぐ後ろにいた30代半ばの男、5番隊の副隊長が心配そうにアンへ声をかけた。
「大丈夫でございますか? 最近お忙しいようですし、疲れていらっしゃるのでは?」
「大丈夫です。この任務を果したら休暇をもらえるようにもなっていますし、心配はいりません」
「ですが」
そう言おうとしたところを、アンが制した。
「ありがとうございます。ロックス副隊長は姉上の部下でもあったからわたしが心配なのでしょうが、わたしは自分の限界ぐらい知っているつもりです。だから、心配にはおよびません」
笑って顔をそらしたアンをみて、ロックスは後ろで唇を噛んだ。
敬愛していたかつての隊長の最後の顔が脳裏に浮かぶ。
(約束を、守らなければ・・・・・・)
頼む、といって倒れていったあの方の表情。
尊敬していた。信頼していた。愛して、いた。
なのにあの方を裏切らなくてはならない苦しみ。失ったときの辛さ。
自ら剣で討ったわけではない。あの方が自ら崖から飛び降りてくださった。
・・・・・・だからこそ、余計に辛い。我々の手を汚さないよう、そんな手を取ってくださったから。
「・・・・・・それにしても」
ロックスはアンの声で我にかえった。
報告書を覗くアンは、足を止めずに山を登っていく。ときおり辺りを見回したり耳を澄ませたりしているが、スピードは落ちない。
「報告ではこのあたりのはずなのにまったく魔物はいないですね。・・・・・・むしろ、魔物がいる気配すらない」
「いわれてみれば、そうですね」
ロックスはアンと同じように辺りを見渡す。
魔力や邪悪な気がまったくしない。動物が生活している様子も全然ない。
「おかしい。どうし・・・・・・」
「! 隊長!!」
ザンッ!!
「ぐぁっ」
「ロックス!!!」
アンへの攻撃を、ロックスがアンを抱きしめるようにして庇った。
ロックスの背中から真っ赤な血しぶきが飛ぶ。
「ほぉう。気付いたか」
アンは驚いて顔を上げた。
目の前には四人の部下が、それぞれ剣をコチラに向けて立っていた。うち、一番前にいたものの刃には大量の血がついている。
「ど・・・どうして・・・・・・」
「どうして、か。さぁて、俺はわからんね。俺たちは命令で動いてるだけだから」
「・・・・・・ぐっ・・・・・・ルイ、参謀長か・・・・・・」
アンに覆い被さるように倒れていたロックスが、うめきながら言った言葉に、アンが目を見開いて驚く。
自分の婚約者のはずの彼がどうして・・・・・・と。
「ご名答。まあ、どうせ死ぬし、冥土の土産におしえてやるよ」
ロックスはその言葉に舌打ちをした。
普通小隊は6人。5番隊も例にもれずアンとロックス、部下4人、あわせて6人で形成されている。
ロックスは5番隊の出陣に疑問を抱いていた。いや、出陣自体は問題ない。問題なのは部下たちだ。
ロックス以外のメンバーは、この任務の前に突然移動になった。それも4人いっぺんに、だ。
ずっと隊を組んでいた5人はとても信頼関係が強く、この任務だって助け合い、そつなくこなしたはず。何の問題もなかった。
なのに突然の移動。それも、新しい部下たちはあの参謀長と親しいものたちだった。
やはり止めるべきだったのだ。この出陣は危険だと。
「・・・・・・そ、そんな・・・・・・」
アンが真っ青になって震えている。
殺される恐怖と、裏切られたショックの交ざったような表情。
「じゃぁな。タ・イ・チョ・ウ」
白刃が上にあがるのがスローモーションのように感じた。
目を閉じる事もできないぐらい、アンの身体は硬直していた。
ゆっくりと振り下ろされる剣が、涙でゆがんで見えない。喉が渇いて悲鳴すら上げることができない。
「・・・・・・くっ・・・“ライト・ショック”!!」
ロックスが振り返って魔法を放つ。目暗まし程度の呪文だが、充分効果はあった。
兵士たちがよろけている間に、ロックスは激痛の走る背中を叱咤してアンを抱き上げて走った。
「ロックス!?」
「っ! 逃げたぞ、追え!!」
ロックスの走るほうへ兵士達が追ってくる。
手負いの、しかも子供一人を抱えたロックスでは逃げきれるわけもなかったが、逃げないわけには行かなかった。
「ダメですロックス! わたしを降ろしてください!! でないと、あなたが死んでしまいます・・・・・・!!」
アンがロックスに向かって叫んだ。背中からながれる多量の血が目に痛い。
しかし、ロックスは苦痛に顔をゆがませて首を横に振った。
「いいえ・・・・・・いいえ、ダメです。わたしは、隊長を、守り抜くと、誓った・・・・・・んです。ここで、あなたに死なれたら・・・・・・わたしはっ、あの方に顔向けできません!!」
「・・・・・・ロック、ス・・・・・・」
「あっ!!」
ドサッ!!
ロックスの足がもつれて転んでしまう。アンは放り出され、ロックスも身体を強く打ちつけた。
しかも一度地に倒れてしまったら、今度は立ち上がることが出来なかった。
「・・・・・・たく、手間取らせやがって・・・・・・」
アンとロックスの目の前に兵士が息をきらせて現われた。
ロックスは這ってアンの前に行き、起き上がって両手を広げた。
「・・・・・・この方だけは、この方だけは・・・殺らせない・・・・・・!!」
「ロックス・・・・・・!! やめてください、わたしは・・・・・・」
「くっ・・・・・・あっはっはっはっは! バカじゃねぇの? そんな事したってどうせお前等は死ぬんだ」
「させない!! 隊長に、あの時誓ったんだ・・・・・・!! あなたの代わりに、守ると」
「ふん、もういないやつとの約束を守ってなんになる? そうだ、命乞いをするのなら助けてやらん事もないぞ? 我々の目的はその小娘だからな」
兵士の一人が剣でアンを指す。
アンは少し恐怖に顔を歪ませたが、すぐにいつもの気丈な表情に戻ってロックスの肩を叩いた。
「いいですから、わたしのことは・・・・・・。だから、ロックス。あなただけでも」
だが、ロックスは頑として首を縦に振らない。
「ロックス!」
「いけません! コレは・・・・・・誓いとか、かっこいいこといっていますけど、本当は、逃げたいだけなんです」
「・・・・・・逃げる?」
アンは首を傾げた。逃げる、というのが今の状況を言っていない事ぐらい恐怖で働かない頭でもわかった。
「・・・隊長は、俺たちが・・・・・・殺しました」
「!!!」
「ルイ参謀長に脅されて・・・・・・・・・・・・でも、許されることじゃない。だから、俺はあなたを守って、隊長に許しを請いたいのかも・・・しれません・・・・・・」
だから
「俺は、あなたを守って死ねるなら、後悔しません!!」
ロックスは、キッ、と顔を上げて目の前の兵士を睨んだ。
「懺悔は終わったな? ・・・・・・望みどおり、殺してやる!!」
ビュン!!
白刃が弧を描いてアンとロックスに振り下ろされる。
(・・・・・・っ姉さん!!!)


(UP・'04・4・1)

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