第1章 〜天使が舞い降りた夜〜
「クリス……、クリス、お願い、返事をして!」
「どうして!?どうして力が効かないの!?」
「もう嫌……。『奇跡の力』なんて嘘よ!
こんな力なんか……こんな力なんか、いらない!!」
「……また、この夢……?」
少女が、ベッドから身を起こす。
銀色の長い髪に、瑠璃色の瞳。歳は、十七くらいだろうか。
いずれにしろ、森の奥深くで、一人きりで暮らしているとは思えない。
「なんだか最近、またよく見るようになったわ……」
彼女にとって、決していい夢ではない。それどころか、最悪の悪夢だ。
ほんの少し目を閉じるだけで、あの場面が浮かんでしまう。
「どうして、あの夢ばっかり……、!? 地震!?」
突然、地面が大きく揺れる。立つ事もできない程揺さぶられ……。
違う。ただの地震じゃない。同時に押し寄せてきた、大きな力の波……。
嫌な予感がした。
少女は、戦闘服――白いローブに着替えると、武器である弓を掴み、家を飛び出した。
行かなきゃいけない。
なぜか、そんな気がした。
「ついてないなあ……」
少年は、何度目かの溜め息をついた。
少年は、夜だというのに、森の中を……しかも、かなり深い場所を歩いていた。
途中までは小道を歩いていたのだが、いつの間にかそこから外れ、かなり奥深くまで迷い込んでしまった。
せめて、野宿しても危険のない場所がないか、とさがしているのだが、眼に映るのは、うっそうと茂る木々ばかりだ。
「まあ、珍しいことじゃないけどな……」
少年は、他人から依頼を受け、その報酬を得て生活している……強いていえば、冒険者だろうか。
とにかく、明日をも知れぬ身で、命の危険にさらされたことも少なくない。
「ん……何だ?……うわあっ!!」
急に木々がざわめいたかと思うと、突然足元が大きく揺れる。
「地震……か?」
その時、急に背後から、ただならぬ気配がした。振り向くと、そこにいたのは……。
山猫に、似ていた。しかし、それとは、明らかに違う。
人間よりも大きな体、山猫の数倍は獰猛そうなうなり声。それから……。
動物が発するなど、ありえない程の殺気。
それは、魔物と呼ぶに相応しかった。
「……やるしか、なさそうだな……」
こういう非常事態に頼れるのは、己のみである。
少年は、拳を握ると、敵の懐に跳び込む。
これだけの巨体なら、魔物と言えど、そう素早くは動けないはず。少年の武器は、己の拳。攻撃力では多少劣っても、素早さ勝負なら、これほど強力な武器はない。有利と見越しての事だった。
しかし魔物は、少年の予想の上を行った。
前に突き出した鋭い爪を、軽く翻す。
「ぐうっ!」
爪は、少年の肩を切り裂いた。
「本気を出せ、ってか?」
相手を甘く見ていたようだ。しかし少年も、手の内を全て見せていた訳ではない。
握った拳に、意識を集中させる。
すると少年の、両手両足の先が、漆黒の炎のような物で覆われた。
少年が、ある日偶然使えるようになった、必殺技とも言うべき力。
次は、油断しない。勢いを付けて串刺しにしようとする相手を寸前でかわし、一瞬の隙に、背後から攻撃を仕掛ける。
拳の打撃、そして回し蹴り。おそらく脇腹あたりに入ったであろう攻撃は、確実にダメージを与えていた。
しかし、次の攻撃に移ろうとした時。魔物が突然、地面に伏せるように、体を下げた。予想外の動きに、攻撃のリズムが、一瞬崩れる。
魔物は、少年の足を薙ぎ払うように、爪を動かした。バランスを崩し、少年は倒れる。そこに覆い被さるようにし、止めを刺そうとする魔物。一巻の終わりであった。
その時突然、魔物が悲鳴のような声を上げ、体を仰け反らせた。
魔物の肩口に、一本の矢が突き立っている。
「いったい、誰が……?」
そう思って、辺りを見渡すと、ひとりの少女が立っていた。
風に揺れる、銀色の長い髪。白いローブを身に纏い、瑠璃色の凛とした瞳でこちらを見ている。
その姿は、天使のようだった。
少女は、走っていた。
確かに聞こえた、不気味な声。『嫌な予感』の原因は、おそらくその声の主であろう。
はじめに、それをはっきりと捉えたのは、耳であった。おそらく、声の主のものであろう足音と、明らかにそれとは異質な音がする。
何かと、戦っているのだ。
やがてそれは、視界に入る。小さな灯りしかないが、暗闇でも多少は目が利く。
声の主は、巨大な山猫のような、不気味な生物。そして、戦っているのは……。
黒髪の少年。彼女はその姿に、見覚えがあった。
いや、そんなはずはない。彼は死んだ、私の目の前で。
しかし、もし赤の他人でも、見つけてしまったものを放ってはおけない。倒れた少年に、魔物が爪を立てる寸前に、彼女は矢を放った。
魔物は、どこから攻撃されたのかわからず、明らかに焦っていた。助っ人の少女のお陰でできた、大きな隙。少年は、心の中で感謝しながら、渾身の力を込めて、魔物に拳をぶつける。続けて飛んできた少女の矢が、止めになった。
少女は、ほんの少しだけ表情を緩め、少年に歩み寄る。そしてその顔を、間近で見る。
金色の瞳。
違う。彼じゃない。彼の瞳は、宵闇のような藍色だから。
失望と安堵の気持ちで溜め息をつき、それを悟られぬようにすぐ表情を変えて、少年に尋ねた。
「あの……お怪我、ありませんか?」
「ああ、無傷じゃないけど、大した怪我じゃないよ。ありがとう、君のお陰で助かっ…危ない!」
少年は、少女を突き飛ばす。倒したはずの魔物が、少女を道連れにしようと、爪を振り上げていた。しかしその爪は、少女の変わりに、少年の胸を深く切り裂いた。
胸から鮮血を流しながらも、少年は攻撃を放つ。素より、執念のみで起き上がっていた魔物は、この一撃で完全に息絶えた。
少年も、魔物と同時に地面に倒れた。迸る鮮血が、地面を赤く染めていく。医者も薬屋もいないこの地では、致命傷になるのは明らかであった。
「しっかり……しっかり、してください!」
張り詰めた糸のように凛としていた少女が、表情を崩して、少年を抱き起こす。
「……怪我、してないみたいだな」
「どうして私なんかを……」
「さっき助けてくれた、お礼さ」
「そんな……」
少女は、苦しんでいた。『あの力』を使えば、少年は助かる。二度と使わないと誓った、あの力を……。
「……そんな辛そうな顔、しなくていい……。おれは、自分のしたいようにしただけさ……。悔いは、ない」
自分のしたいように……。その言葉が、少女に決心をさせた。
私も、自分のしたいようにしよう。その結果、何かが起こるとしたら……。私はそれを、命をかけて止めよう。彼が私を、命懸けで救ったように……。
少女は眼を閉じ、手を祈りの形に組んで集中する。光が少女の両手に集まり、あたたかい輝きを発する。少女がそれを、少年の傷口にかざすと、出血が止まった。
「傷が……治った!?」
少年は、自分の力で身体を起こす。傷も塞がり、痛みすらほとんど消えてしまった。
「まさか、本当に天使とはね……」
「そんな……。天使なんかじゃ、ないです」
「でも今、呪文を唱えなかっただろ?」
普通の人間は、言葉――呪文によって、魔術の力を引き出す。集中だけでは、魔力は集められても、それを使うことはできないはずだ。
……いや、例外はある。自分自身、呪文を唱えていないが、あの力は魔術に近い。
「おれと……同じ?」
まさか、自分と同じような力を持つ者と、巡り会えるとは思わなかった。
「……ところであなた、こんな所で何を?」
「ああ、ある依頼で、この森の薬草をとりに来たんだ。で、ソルフレイムの町に帰ろうとしたら……道に迷ってね」
「それなら、そこまでご一緒しましょうか?」
「え?」
確かに、森を通り抜ける時、戦力になる上地理に詳しそうな彼女がいれば、大分楽になる。しかし……。
「断わるよ。そこまでしてもらう義理はないからね」
「ただじゃないんです。あなた、冒険者でしょう?受けてもらいたい依頼があるんです。……あなたのお陰で、決心がつきました。……ヴァンダーク帝国までの護衛、引き受けてくれませんか?報酬は払います」
ヴァンダーク帝国は、ここから海を挟んだ、反対側の大陸にある。しかし、どこの国とも敵対する帝国に、向かう船はなかった。
「……ヴァンダーク帝国か……。どうやって入国するんだ?」
「ライトニア王国に、知り合いがいて……。あちらからなら、どうにかなります」
「ほぼ世界一周ってことか……。長い旅になりそうだな。
……いいぜ。ついでに、巨大山猫と地震の謎も知りたいしな」
「受けてくれるんですね……ありがとう、ございます」
少女は小さく頭を下げる。少々、複雑な表情で。
「ああ……うん、そういえば名前訊いてないな」
「……レフィアス、です」
「レフィアス?変わった名前だな。……レフィ、でもいいか?」
「構いませんよ」
「そうか。おれはクライン。よろしくな」
クラインが手を差し出すと、レフィもその手をそっと握る。
東の空に、いつの間にか輝きだした黎明に向かって、二人は歩き出した。
二人の運命の歯車が、回り始めた。
〜後書き〜
第1章を読んでいただき、ありがとうございます。今後後書きでは、この小説の裏話でもしようと思います。
今回はタイトルについて。「Crossing of Destinies」、ちょっと語呂が悪いです。本当は「Cross of Destinies」にしたかったのですが、文法的に間違ってるのが気に食わなかったのです。一応英検取得者ですから←関係ない。
というわけで、次回も頑張ります。感想と応援よろしく!
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