第7章 〜消えない思い 消せない想い(前編)〜



ヴァンダーク帝都――。
旅の最終目的地は、黒い鎧の兵士によって、厳重に警護されていた。
「おい……おれたち、通してもらえるのか?」
クラインが、心配そうに訊く。
「心配しないでください……」
レフィが、一枚の紙を取り出す。
「なになに……公式訪問者!?」
クラインは驚いた声を出す。
「もしかして、ここに来た目的って……和平交渉か何かか!?」
「……」
レフィは、答えない。
「ここに来た目的は……言えません。……みなさん、長い間、本当にありがとう。今夜の宿代は払いますから……明日、お別れです」
「……長いようで、短い旅でしたね」
「あたし、嫌な事もあったけど、すっごく楽しかったよ!!」
「ぼくは、君たちのお陰で、変わる事が出来た……ありがとう」
「俺もだ……。結構、仲間って、いいものだと思えたぜ」
みんな、口々にお礼を言う。
「そんな……お礼を言うのは、私の方なのに」
「おれも、お礼言わなきゃな……。おれ、レフィと出会わなかったら……たぶんもう、生きてなかったよな。……ありがとな、レフィ」
「……あと一日、ゆっくりしましょう。……もう、こうしていられるのも、最後ですから……」
その言葉は、妙に物悲しく響いた。

最後の一日は、あっという間に過ぎた。
一行は、宿屋でのパーティーを終え、寝床に就いていた。
と、小さな物音がした。眠りが浅かったのか、クラインは目を覚ます。
「何だ……?」
他の仲間を起こさないように、そっと起き上がり、小さな灯かりを点ける。
と、置き手紙が目に入った。クラインは、それを広げ、読んでみる。

 クラインへ

 何も言わず、いなくなったりしてごめんなさい。
 あなたと共に旅した事……絶対に忘れません。
 この先、私の身に、何が起こるかわからないけれど……
 あなたの幸せを祈っています。

                      レフィアス
                          
「何なんだよ、これ……」
クラインは手紙を投げ捨て、部屋を跳び出した。
今ならまだ、間に合うかもしれない。
こんな別れ方は……嫌だ。

「レフィ!」
かすかな月明かりの中で、彼女の白いローブは、淡い光を帯びていた。
彼女が向かっていたのは、町の出口ではなく、城のある方向。
「……お前、一体、何を……」
レフィは悲しそうに微笑む。
「それは、言えない。……あなたはきっと、許してくれないから」
「……その弓を向ける相手は、ヴァンダーク皇帝か?」
「そうだとしたら……どうします?」
「決まってるだろ!お前の過去に、何があったか知らないけど……どんな事があったって、人の命は奪っちゃいけないんだ!!」
「……相手が、人の命を奪ったとしても?」
「ああ」
「これから……人の命を奪う可能性があっても?」
「……そうだ」
「……」
レフィは、クラインに、背を向ける。
「あなたに何を言われようと……この思いは、消せません」
「バカやろうっ!!」
クラインは、大声で怒鳴った。
「それが、どういう事かわかってるのか!?復讐が何になるんだよ!そんな事、誰も望んじゃいない!!その力は、人を救うための力だろ!?人を殺すための力じゃないだろ!?」
「……どう言われようと構わない。あいつの罪を許すくらいなら……私は、悪と呼ばれてもいい」
レフィは、弓を引いた。
その矢の先を、クラインに向けて。
「あなたがどうしても止めるというなら……ここであなたを倒してでも、私は行きます!」
「……!」
二人は、無言のまま対峙した。
弓の弦が、ぎりっと鳴る。
「……行けよ」
クラインは、レフィに背を向けた。
「その手で人を殺すお前の姿なんか……もう、見たくない」
「……」
レフィは、俯いた。
「あの手紙に書いた事……全部、本当ですから。あなたが全てを忘れても……私は、決して忘れませんから」
レフィは踵を返し、城へと歩き始めた。
クライン、あなたにだけは、知られたくなかった。
あなたにだけは、止められたくなかった。
あなたとの最後の思い出は……
笑顔であって欲しかったから。

ヴァンダーク城の扉は、開いていた。見張りの兵士も、一人もいない。
そう……まるで、誘い込まれているようだ。
「罠……?」
レフィは辺りに用心しながら、ゆっくりと進む。しかし、何事も起こらない。
レフィは、城の内部には、それほど詳しくなかった。しかし、構造はライトニア城とそう変わらないはずだ。
レフィは、人気のない回廊を歩き、謁見の間へ辿り着いた。ライトニア城と同じならば、王家の者の寝室は、この奥にあるはず。
しかし、そこに向かう必要はなかった。
「……ようこそ、ヴァンダーク城へ。何の用かね?」
ヴァンダーク皇帝は、真夜中にも関わらず、玉座に座っていた。
「こんな夜更けまで座っていらっしゃるとは……その玉座は、余程座り心地がいいようですね」
「くく……ずいぶんな言い方だな。兵士を追い遣り、こんな時間まで、君の事を待っていたというのに」
「……私の事を、覚えておいでですか?」
「もちろんだとも……。兵士から話を聞き、すぐピンときたよ……美しき、ライトニアの姫君よ。歓迎しよう」
「あいにく……歓迎されるために参ったのではありません」
レフィは弓を引いた。
皇帝の顔が、微かに動く。
「一つだけ……お訊きしてもよろしいでしょうか?」
「……何だね?」
「私の両親や、多くの罪もない人々……そして、自分の息子の命すらも奪い、あなたの良心は、痛まなかったのですか?」
「……人間というのは、厄介な生き物でね。充分な食糧と水があっても、心の欲求がある程度満たされなければ、生きてゆく事は出来ないのだよ。……彼らは、運がなかったのだ。私が生き延びるために、犠牲にならねばならなかった」
「……それがあなたの答えですか」
「そうだ。……間違っているかね?」
「確かに……間違ってはいないのかもしれない。しかし、あなたが罪を償わぬのなら……私は、あなたを生かしてはおけない!」
レフィは、その矢に力を込めた。金色の光が、稲妻をつくり、空気を震わせる。
これで、多くの命が救われるのなら……
例え、悪と呼ばれても……!
レフィは、矢を放つ。
矢は、まさに光のごとく、空気を切り裂き……
しかし、皇帝の身体からは、紅い雫の一滴も、落ちる事はなかった。
「嘘……。そんな……」
矢は、止められていた。
皇帝の手によって。

「レフィ……」
クラインは、夜の闇の中で、しばらく立ち尽くしていた。
あれで、良かったのか?
止めるべきではなかったのか?
自分の命を奪ってしまったら、彼女はやはり、罪を背負う事になる。だから……思い留まる事を信じて、あえて止めなかったのだ。
しかし……本当は彼女自身、迷っていたのではないのか?
もし、自分が、命懸けで止めていたら……彼女は、やめるつもりだったのかもしれない。
「やっぱり、駄目だ。……このままじゃ、いけない」
クラインは、城の方を向く。
まだ、間に合うかもしれない。
止めなければ。
大切な人だから……これ以上、何かを背負って欲しくないから。

「嘘……。そんな……」
自らの持てる、最大限の力を出したはずだった。それを……まさか、人間の手で止めるとは。
いや……違う。
人間の手ではない。
黒く鋭い爪と、藍青色の肌に覆われた……
そう、それは、魔物の手。
「驚いたかね?……見てくれは少々悪いが、これも生きる手段だ……仕方がない」
皇帝は、最早単なる矢となった物を、軽く投げ捨てた。
「なかなかの力だ……。だが、前より大分落ちたようだ」
皇帝は、その藍青色の足で、床を蹴る。
「残念だが……君も、私の犠牲となる運命だったようだ」
痛みが、走った。
熱く激しい痛みが走り、そして……意識が、遠のく。
皇帝の手は、レフィの胸を貫いていた。
「くくく……愚かな娘だ。のこのここんな所まで来なければ、命を落とさずに済んだものを」
レフィは、音もなく、床に倒れた。
その胸を、深紅に染めて。

ヴァンダーク城は、兵士一人見当たらなかった。
レフィは、思い留まってくれたのか……?
いや、それなら、どこかですれ違うはずだ。
「レフィ……無事でいてくれ」
クラインは、謁見の間へと辿り着いた。
暗闇の中に、人影が見える。
佇む人影と……床に倒れた人影。
まさか……まさか!
「レフィ!!」
クラインは、謁見の間に跳び込む。
レフィは、床に倒れていた。
その胸を、紅く染めて。
「レ……フィ……?」
「おやおや、ナイトの参上のようだな」
その右半身を紅く染め、闇の中で不気味に笑うのは……
人型をした、魔物。
「……しかし、少しばかり遅かったようだ」
「……お前……が……」
言葉が、見つからない。
「美しいだろう、深紅の薔薇の中で眠る姫君は。……お気に召さなかったかい?」
「……お前が……やったのか……?」
声が、震える。
それは、怒りか、それとも……悲しみなのか。
「お前が……レフィを……レフィを……!」
「そうだ。私が……殺したのだよ」
「う……うわあぁぁぁぁっ!!」
皮肉な事に。
クラインは今、初めて知ったのだ。
愛する者を奪われた、レフィの気持ち……
抑えようのない、怒りと、悲しみを。
「許さねえ……お前は……お前だけは!!」
クラインは、己の右腕に、全ての力を込める。
闇色の炎は、クラインの気持ちに呼応するかのように、激しく燃える。
「――許さねえ!!」
クラインは、その拳を、魔物の腹に叩き込む。魔物の体が、僅かによろめく。
「……なかなかやるようだな。この場は退くとしよう」
魔物は背中から羽を出し、城の高い天井近くまで舞い上がる。
クラインは、力を使い果たし、床に膝をついたが、それでもなお、魔物を睨みつける。
「……君は、よく似ている。今は亡き我が息子……クリストファーに」
「……それが……どうしたっていうんだ」
「不思議だったのだよ……なぜ三年も前の事で、復讐に現れたのか。しかし、やっとわかったのだ。おそらく、君と出会ったから……思い出してしまったのだろう、三年前の事を。……可哀相になあ、全ては、君のせいなのだよ!」
笑い声を上げながら、魔物は城から飛び立った。
「……レフィ……」
力を使い果たしたせいか、妙に重い身体を引き摺るようにして、クラインはレフィのもとへ向かった。
「レフィ……目を覚ませよ……」
クラインは、そっとレフィを抱き起こす。
と、祈りが通じたのか、レフィが僅かに瞳を開いた。
「レフィ!」
「クライン……なの……?」
「レフィ……」
クラインは、服を引き裂き、止血をする。
しかし……傷は、あまりにも深すぎた。
「クライン……あなたの……言った通りね……。復讐は……何の意味も……なかった……」
「レフィ……もういいんだ、そんな事」
「クライン、お願い……。あなたは……私のようには、ならないで……。あなたは……幸せに……」
レフィが、咳き込む。
紅い雫が、口元を伝う。
「レフィ、もう喋るな!」
「幸せに……生きてください……」
レフィは、瞳を閉じた。
「レフィ!!」
クラインは、レフィを揺さ振る。
「レフィ……だめだ、レフィ!」
その言葉だけは……口にしたくなかった。
「死ぬな……レフィ―――っ!!」
その時。
クラインのなかで、何かが弾けた。
光が、溢れる。
金色の――光が。
「これは……?」
そう、それは、まるで……
「レフィの……力?」
そう、それは、本来使えないはずの……
回復の、力。
「どうして……?」
わからない。
なぜ、自分が、レフィの力を持っているのか。
でも……。
この力で、レフィを救えるのなら……。
クラインは、両手を、レフィの傷口にかざす。
光が、両手から、傷へと降り注ぐ。
傷は……癒されていった。
そして……。
レフィの胸が、ゆっくりと上下した。
「レフィ……」
そっとその頬に触れると、温もりが伝わってきた。
「……良かった……」
クラインの瞳から、熱いものが溢れる。
クラインは、涙の意味を知らなかった。
記憶を失って以来、泣いた事など、なかったから。
でも、今、頬を伝っているものが、涙ならば……
こらえ切れないほどに胸を締めつける、熱い想い……
人は、それを、涙と呼ぶのだろう。

暗い……。
何も見えない、暗闇……。
冷たい……。
なぜわたしは、ここにいるの?

「ヴァンダーク兵が攻めてきました!」
「負傷者は……既に、把握出来る状況ではありません!!」
「いけません……セルフィア様!そんなに力を使われては、あなたのお身体が!!」
「敵が要求しているのは……セルフィア様です!!」
「だめです!セルフィアを……私の大切な娘を、渡すわけにはいきません!!」
「セルフィアを奪うと言うのなら……我らを倒すのが先だ!!」

なぜあの時、わたしは……力を使ってしまったのだろう。
名も知らぬ百の民衆より……
たった二人の、たった二人だけの両親の命の方が、どれだけ大切だっただろうか。

わたしの力は……何のためにあるの?


〜後書き〜
最初で最後の前後編です。すいません……どうしても長くなっちゃって……。切り方がちょっと変なのも、大目に見てください……。
さて、いきなり話が動いてますね!ここの話は、かなり前から考えているので、出来はいいと思います。ちなみに、ヴァンダーク皇帝の名前はオーリンです。どうでもいいので(笑)本編には出ていません。この名前は、ラスボス級の悪役に付けようと考えていたのですが……同じ名前のリンゴがありますね(笑)!!
(笑)多いですね……本編すごいシリアスなのに……(笑)

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