第7章 〜消えない思い 消せない想い(後編)〜
「おーい……起きてよ、お姫様!」
呼ばれたのは、自分であろうか。セルフィアは目を開く。
彼女は初めて、自分のいた場所を知った。そこは、灯かり一つない牢獄であった。
もっとも、今自分の名を呼んだ少年が、小さな灯かりを持っていたが。
鉄格子の向こうにいたのは、黒い髪と、まるで宵闇の空のような、深い藍色の瞳を持った少年であった。
「おはよう、お姫様」
「あの……あなたは?」
「ぼくはクリストファー……この国の王子なんだ。でも君には、『クリス』って呼んで欲しい。君の名前は?」
「わたしは……セルフィア」
「そう、よろしくね、セルフィア。待ってて、ご飯持ってくるから」
少年は一旦いなくなるが、すぐに大量のパンを持って現れた。
「いいの……?そんなたくさんのパン」
「いいんだ、どうせ食べ切れないんだから」
「こんな所に来て、怒られたり、しない?」
セルフィアは、地下牢に入ろうとする度、怒られていた。
「うーん、父さんが知ったら、怒ると思うけど……ここの見張りは、いい人だから。『お姫様は寂しいだろうから、一緒にいてあげなさい』って」
「そう……」
「ほら、辛いのはわかるけど……元気出して。パンも食べなよ。牢屋の食事じゃ、身が持たないよ」
「うん……ありがとう」
辛い事ばかりだった。
でも、彼といた時間だけは……
幸せだったと思う。
「セリア……。傷の具合は、どうだ?」
「治り掛けてはいるが……かなり酷くやられているな」
レフィの傷は、クラインの力では、完全に治す事は出来なかったらしい。セリアが、傷の治療にあたっていた。
「ねえ……セリアおねえちゃん。レフィおねえちゃん、助かるよね?死んじゃったり……しないよね?」
コレットは、血で紅く染まったレフィの姿を見て以来、ずっと泣きじゃくっていた。あれだけ酷い傷を……しかも、仲間が負っているのを見た事など、初めての経験だったのだろう。
「ああ、それは大丈夫だ。生命力は、並じゃなさそうだからな」
「よかったぁ……」
「……」
クラインは、座り込んだまま、俯いている。
「……クラインくん」
クラインの前に立ったジェイクは、険しい表情をしていた。
「僕にこんな事を言う資格は、ないかもしれないけど……でも、言わせてもらうよ」
ジェイクは、座っているクラインに、目線を合わせるように屈む。
「……大切な人なら、何があっても守り通さなきゃだめだ。……それが出来るのは、君しか……いないんだから」
「……ああ……」
その声に、いつもの元気はなかった。
「おれ、わかってなかったんだ……レフィの気持ち。だから……止められなかった」
「……他人の気持ちなんて、誰にもわからないさ」
レイシーは言った。
「そんな事……もう、悔やんでも仕方ないよ。だから……いつかレフィさんが目覚めた時、そっと支えてあげればいいんだ。……彼女の気持ちがわからなくても、これくらいなら出来るからね」
「……そうだな」
でも、とクラインは続ける。
「ヴァンダーク皇帝が言ってたんだ。全ての原因は、おれにあるって。おれが……あいつの息子に、似てたからだって」
クラインは、溜め息をつく。
「なあセリア、教えて欲しいんだ。お前、帝国領に住んでたから、わかるだろ……レフィと、ヴァンダークの王子に、何があったのか」
「……話しても、いいのか?」
「ああ」
「全てが事実ではないだろう……。それでもいいのなら、話そう」
仲間たちは、無言で頷く。
「……三年前、ヴァンダーク城に囚われていたライトニアの王女と、ヴァンダーク帝国の王子が、脱走を謀ったらしい」
「それで……どうなったんだ?」
「一日後……。たった一日で、発見されたらしい。王子はその場で殺され……王女は、自ら命を絶ったそうだ」
運命が動き出すのは……
そう、いつも、突然だった。
「セルフィア!逃げよう……ここから!!」
クリスは、ある日突然、そんな事を言った。
「説明してる暇はない……。チャンスは、今しかないんだ!」
クリスは、手にした鍵で扉を開き、セルフィアの手を引く。
「だ……だめよ!」
セルフィアは首を振る。
「すぐ見つかって、捕まって、それで……殺されちゃう!」
セルフィアは、これ以上誰かを傷付けたくなかった。
……自分のために。
「……大丈夫。牢屋番と裏の門番は、協力してくれるって言ったから」
「……でも……」
「セルフィア……。君は、戦争の道具になりたい?人が傷付け合い殺し合う中で、敵国の兵士を回復し続ける……そんな人間に、なりたいかい?」
「う……ううん!!」
「じゃあ……逃げよう。それしか方法はない。……きっと、大丈夫さ。ぼくは、一通りの戦闘法は習ってるし……君も、これなら使えるって言ったよね?」
クリスが取り出したのは、弓であった。
「……うん」
「さあ……行こう。一緒に……こんな所からは、脱出するんだ」
クリスは、セルフィアの手をそっと握る。
思っていたより、大きな手。
とても……温かい手。
クリスは、セルフィアを引っ張り、走り出した。
牢屋番の手招き、門番の合図。
それから……温かい眼差し。
大丈夫……きっと大丈夫だ。
「セルフィア……大丈夫?」
「うん……休んでる暇なんて、ないもの」
「そっか……でも、今日はそろそろ寝よう。ほら、あの洞穴なら、茂みの陰で目立たないよ」
二人は、洞穴の中で、寄り添うように横になった。
「ねえ、クリス……。どうして、一緒に逃げてくれたの?」
「……嫌だったんだ。いつか皇帝になって、父さんみたいに……何かを支配するのが嫌だった」
「……王って、支配するためにいるんじゃないと思うわ。わたしのお父様は……民の幸せのために、王になった。わたしなんかと大違い……。すごく、立派な人だった……」
声を詰まらせるセルフィアの頭を、クリスがそっと撫でる。
「そうだね……。ぼくはもう、皇帝になれないけど、代わりに皇帝になる人は……きっと、父さんみたいには、ならないと思うから……。ねえセルフィア、約束しよう。この世界が、いつか平和になったら……その時は、ずっと一緒に、いよう」
「……うん。約束だよ……」
「くくく……やっと見つけたぜ」
「よくも梃子摺らせてくれたなあ!」
たった一日だった。
自由だったのは……たったそれだけ。
二人は、深い渓谷の淵に、追い詰められていた。
剣を持ったヴァンダーク兵が、じりじりと詰め寄ってくる。
嫌だ……。
これ以上、わたしのために、誰かを傷付けたくない!
セルフィアは弓を構え、そこに力を込める。
「近づかないで!」
光り輝く矢が、ヴァンダーク兵を掠める。
「うおおっ!?」
「危ねえじゃねえか!」
「ちっ……回復魔術だけだと思って、油断したぜ」
なおも近づくヴァンダーク兵に、もう一度弓を向けながら、セルフィアは小声でクリスに言った。
「お願い……あなただけでも、逃げて。あいつらの狙いはわたし……。今の内なら、逃げられるから……」
「何言ってるんだよ!君を置いて、逃げられるわけないだろ!?」
セルフィアは、激しく横に首を振る。
「……もう、嫌なの。わたしのために、誰かを傷付けたくないの。……お願い、わかって」
「……君のためじゃないさ。君を守りたいと思うのは、ぼく自身だ。ぼくは、ぼくのために……君を、守る」
「何ごちゃごちゃ話してんだよぉ!!」
剣を振り上げるヴァンダーク兵の肩に、矢が突き刺さる。
「このやろぉ……よくもやりやがったな!!もう、命令なんて関係ねえ……お前から殺してやる!!」
ヴァンダーク兵たちが、一斉に剣を構える。
セルフィアは、叫んだ。
「逃げて……クリス!!」
セルフィアは瞳を閉じた。
もう、悔やむ事などなかった。
この戦乱の世の中で、優しく接してくれる人がいた事……。
たった一日だけど、自由になれた事……。
セルフィアは、満足していた。
しかし……。
その瞬間は、訪れなかった。
セルフィアの身体を、誰かがきつく抱き締めた。
「え……?」
セルフィアの身体に、痛みは走らなかった。
セルフィアは、瞳を開く。
目の前が、紅く染まっていた。
「クリス……クリス!?」
クリスは、弱々しい呼吸を繰り返しながら、それでもなおセルフィアに覆い被さるようにしていた。
「クリス……。どうして……どうしてなの!?」
「……牢屋の中にいる君を見た時……、本当に、綺麗だって……、そう、思ったんだ……。だから、ぼくは……見たかったんだ。ほんの一瞬でもいい……。自由に羽ばたく、君の姿が見たかった……」
「クリス!!」
セルフィアは、有りっ丈の力を集中させ、回復の力を使う。
辺りが、目映い光に包まれる。
しかし、奇跡は、起こらなかった。
やがて、クリスの傷が癒され、光が消えても、彼が息を吹き返す事はなかった。
「クリス……、クリス、お願い、返事をして!」
セルフィアは必死に呼び掛け、身体を揺さ振る。しかしクリスは、瞳を開かない。
「どうして!?どうして力が効かないの!?」
ヴァンダーク兵が、小馬鹿にしたように笑う。
「へへへ……。奇跡の力を持つ王女でも、死者を生き返らせる事は出来なかったようだな……」
「どうします?死体が見つかったら、いろいろとまずいんじゃないですかい?」
「そうだな……丁度いい、ここの河に流すか」
ヴァンダーク兵は、クリスに手を掛ける。
「だ……だめ!!」
セルフィアはクリスをきつく抱き締める。
「うるせえんだよ!!」
ヴァンダーク兵は、セルフィアを引き離し、クリスの身体を、渓谷に突き落とした。
「クリス!!」
セルフィアは、クリスの手を掴む。
クリスの手は、冷たかった。
セルフィアに、少年を引き上げるだけの力は残されていない。
「嫌……クリス……」
少しずつずり落ちてゆくクリスに、弱々しい声で、セルフィアは呼び掛けた。
クリスが応える事は、なかった。
「もう嫌……。『奇跡の力』なんて嘘よ!
こんな力なんか……こんな力なんか、いらない!!」
それは、本当に、突然であった。
セルフィアの身体から、爆発が起こったかのように光が溢れ、辺りを金一色に染めてゆく。
「な……何だ!!」
「ま……眩しい……」
セルフィアは、自分の身体から、力が抜けてゆくのを感じた。
クリスの手が、セルフィアの手から、滑り落ちた。
わたしの力は……何のためにあるの?
わたしは……何のために……。
小さなざわめきが聞こえる。
それは、不快なものではなく、むしろ自分を落ち着かせてくれる。
目覚めの瞬間のように、少しずつ、感覚が戻ってきた。
呼吸をする度に、僅かではあるが、胸が痛む。何かを言おうとして、少し力を込めると、突然その痛みは激しくなった。
思わず呻き声を上げると、ざわめきが大きくなる。
あれ……?
私……生きてる?
私の右手を、温もりが包んでいた。
何かを伝えようとしているざわめきに答えようと、私は右手をそっと握る。
ざわめきは、一層大きくなった。
ゆっくりと、瞳を開く。
白い靄の向こうに、黒髪の少年が見えた。
そうだ。
彼が死ぬはずない。助かったに決まっている。
そっと、自分の目の前で死んだはずの、少年の名を呼ぶ。
黒髪の少年は、驚いた声を出す。
靄が、ゆっくりと消えた。
少年の顔が、はっきりと見える。
少年の瞳は、金色をしていた。
私は少年に、ごめんなさい、と言い、まだ目の前に、微かに残っている長い夢を、ゆっくりと振り払う。
もう一度、少年の名を呼んだ。
今度は間違いなく、自分の傍にいる、少年の名を。
「……クライン……」
「レフィ……良かった……」
少年は微笑み、思っていたより大きな手で、もう一度、私の手を包み込んだ。
「おねえちゃん!!」
今にも跳びつきそうなコレットを、ジェイクが抑える。
「だめだよ、レフィさんはまだ怪我してるんだから……」
「……うん」
コレットは、素直に従った。
「おねえちゃん……大丈夫?」
「ええ……心配かけてごめんなさい」
「よお……起きたか」
「良かった。心配してたんだよ、三日間も起きないから」
セリアとレイシーは、果物が入った篭を提げていた。
「これ……食べてもらおうと思ってな」
「お腹空いてると思って……調子が良くなったら食べてよ」
「……わざわざありがとう。もう少ししたらいただきます」
「……レフィ……」
「はい……?」
突然クラインが、レフィの名を呼ぶ。
「あ……あのさ……。その……」
クラインは俯きながら言った。
「ごめんな……。おれ、レフィの気持ち、全然わかってなくて……。こんな怪我までさせて……。本当に……ごめん」
クラインの声は、少し震えていた。
「良かった……。生きててくれて、本当に、良かった……」
クラインの瞳の端に、光る物が見えた。
「……クライン……」
レフィは、そっと微笑む。
「……あなたのせいではないです……。だから、何も、気にしないで……」
クラインは、無言で頷いた。
「……レフィさん、レフィさんが回復したら、その魔物を倒しに行きます」
ジェイクが言った。
「え……?どうして……」
「……皇帝が魔物だった以上、放ってはおけません」
「そんな……だめです!皇帝は……あの魔物は、私の攻撃を素手で止めた……。そんな敵を相手に、戦う必要などないでしょう!?」
「……ごめん。おれのわがままなんだ。おれ、あいつを……絶対に許せない!!」
魔物は、心の闇しか持たぬ生き物。この世界に、何一つもたらさない、邪悪な存在。
良心すら持たぬ人間が、魔物になったとしたら……おそらく、もう元には戻せまい。
「だから……レフィは、無理して戦わなくてもいい。……本当は、戦って欲しくないくらいだ」
「いえ……私も、行きます!」
まだ傷が痛むのか、少し顔をしかめながら、レフィが言った。
「その代わり……決着は、私の手で付けさせてください」
「ああ……わかったよ」
レフィは、皇帝の姿を思い出した。
欲に取り付かれた人間……。
自らの死すら恐れず、ただ殺戮を繰り返す魔物……。
そこに違いは、あるのだろうか。
「レフィ……。本当に、大丈夫か?」
「ええ、もう痛みはありませんから」
「……無理はするなよ。今度の相手は……」
「……わかっています。でも……本当に、大丈夫ですから」
「じゃあ……行こう。……闇の塔へ」
魔物の飛び去った方向からして、闇の塔へ向かった可能性が高い。
しかし……。
レフィやおれが全力を出しても、傷一つ付けられなかった相手に、消耗した状態で勝てるのだろうか?
そんないやな想像を振り切るように、クラインは歩き出した。
そう、きっと……。
どんな困難だって、乗り切れると、信じているから。
クラインが扉を開くと、そこは、魔物で埋め尽くされていた。
「な……何だよ、一体!!」
「あたしに任せて!」
コレットの炎が、一直線に伸び、魔物をなぎ倒す。
しかし、それでもなお、魔物は近寄ってくる。
「これでもくらいな!!」
「邪魔はさせないよ!!」
風と水が魔物を切り裂いていた。
大分数の減った魔物を、剣と拳で蹴散らしながら、一行は先を急いだ。
「何だか……人に似た姿の魔物が多くありませんか?」
「……人?まさか、皇帝と同じように……」
人と似た姿をしながら、異形の生物である魔物たちは、先の階層に進んでも、絶える事はなかった。
レフィの嫌な予感は膨らんでいく。
そして……。
「……よくも我が優秀な兵士たちを倒してくれたねえ……」
最上階にいたのは、あの日城で見たのと、同じ魔物。
……邪悪な力によって姿すら変えた、ヴァンダーク皇帝であった。
「……それではやはり、人に似た魔物は……」
「……うん?その声は……。おや、生きておったのか。悪運の強い娘だ」
笑みを浮かべる皇帝を、レフィは憎しみのこもった瞳で睨む。
「おやおや、そんなに怒らなくてもよいだろう。折角、よい話を持ち掛けてやろうと思ったのに」
「レフィ、耳を貸すな!!」
クラインが皇帝に攻撃する。しかし皇帝は、平然とした顔をしている。
「……ずいぶんと乱暴をするじゃないか。心配をしなくても、君の姫様を殺しはしないさ。……考えが変わったのでね」
皇帝は、形だけが人らしさを残す顔を歪め、にやりと笑う。
「……私の最愛の妻は、国中で最高の女だった。……しかし、死んでしまったのだよ。出来損ないの息子、二人を産んだ時にね」
「クリスを、出来損ないと呼ばないでください!!」
弓を構えようとするレフィに、皇帝は瞳で警告した。
下手な事をすれば……この者たちの命はない。
「く……」
レフィが弓を下ろしたのを見て、皇帝は満足そうに笑う。
「……考えた事はないかい?対立し続けたまま、けして交わる事のなかった、光の王国と闇の帝国の血……。その二つの血が交われば、どんな素晴らしい子が生まれるだろう」
レフィの身体が震える。
まさか……。
「……セルフィア王女よ。我が妃にならぬか?そうすれば、友人たちの命は保障しよう」
「ふざけるな!!」
「! クライン、だめ!!」
レフィの制止は遅かった。クラインは、その拳に全力を込め、皇帝に打ちつける。
皇帝は呻き声を上げたが、すぐにその爪を振るい、クラインの脚を切り裂く。
「ぐ……くそおぉ!!」
膝を着くクラインに、皇帝が手をかざした。
「今の私ならば、この少年を跡形もなく吹き飛ばす事も出来る。……そうなれば、いくら君でも治せまい」
「レフィ、だめだ!こんな奴の言い成りになるな!!」
クラインが叫ぶ。
「私……は……」
きっと、どちらを選んでも後悔する。
……なぜ人は、誰かを傷付けずに生きていけないのだろう。
欲望のままに生きる事を悪とすれば、人は皆、悪だ。
人の本当に正しい姿は、きっと、彼なのだ。
しかし、それならば……
私の力は……何のためにあるの?
「私は……」
人を殺すためではない力?
そんなものは、存在しない。
力はどこかで、死を生み出すのだから。
しかし、それなら……
人はなぜ、生きている?
人を生かす力……
それは何?
……そうだ、きっとそれは……
「私は、何も犠牲にしない!誰も傷付けさせない!!」
レフィの放った矢は、皇帝の身体に、深々と突き刺さっていた。
「何……!?なぜ、お前の攻撃が……」
「わかったのです。なぜ攻撃が効かなかったのか……。皆、戦ってください!殺すためではなく……罪のない人々を、救うために!!」
「な……なぜだ!?」
セリアの風に無数の傷を付けられ、皇帝が叫ぶ。
「なぜ憎しみを捨てられた!?」
コレットの炎が、皇帝の体を焼く。
「憎しみを糧とするこの力が……なぜ破られた!?」
レイシーのつくり出した鋭く尖った氷柱が、皇帝を次々と貫く。
「く……こんな所で……死を迎えてたまるかああぁぁぁ!!」
皇帝は闇の力と共に、鋭い爪を突き出す。
しかしその攻撃は、ジェイクの剣によって止められた。
「……わからないのですか?僕たちの力が、何なのか」
ジェイクの剣が、皇帝の体を深々と切り裂く。
「何だ!憎しみでない力など、あるものか!人は……憎しみを生まずに、生きる事など出来ぬ!!」
「……そうかもな。おれも正直言って、お前を憎まないなんて出来ねえよ。……だけど」
クラインは、拳に力を込める。
先程までとは、違う力を。
「おれは、レフィを守るために戦う!!」
皇帝の体は、壁に叩きつけられていた。
「く……そぉ……」
身動きすら取れなくなった皇帝の前に、レフィが立つ。
レフィは、ゆっくりと弓を引いた。
「……くく、やはり私を殺すのは君か。心配するな、もう悪足掻きする力もない。……悪名高いヴァンダーク皇帝も、君に目を付けたのが運の尽きだったようだ」
「……」
レフィは、皇帝を無言で見詰めていた。
今この矢を放てば、全てが終わる。
この世で最も憎い者の命を、奪う事が出来る。
でも……。
レフィは、弓を下ろした。
「……なぜだ!なぜ殺さぬ!?」
「……今ここであなたを殺したら、私は、憎しみの力を使った事になります」
「まだそんな事にこだわるか!私が生きていれば、また憎しみを生む!早く殺せ、私は今、どうしようもなく苦しいのだ!!」
「……あなたはきっと、私たちが使った力を、知らないのではありません。憎しみを重ね続け、忘れてしまっているだけ……。……だから……」
レフィの身体から、何かが弾けたかのように、金色の光が広がる。その光は、皇帝の体を包み込んでゆく。
「その罪を、瞳に刻んで……生きなさい」
「な……!?ぐああぁぁぁ!!目があぁ……」
皇帝は、両目を押さえる。
「ふ……封印魔術……だと!?」
光の中で、レフィが皇帝に語り掛ける。
「……あなたなら、わかります。この力が何なのか……。本当に、あなたの妃を愛していたのなら……その気持ちを、他人に向けるだけでいいのです」
光が、消えた。
そこにいたのは、人間の姿に戻った、皇帝。
「やっ……た……」
レフィの身体が、ぐらっと揺らぐ。
「レフィ!!」
クラインが、慌ててレフィの身体を支える。
「お前、その力……いつから使えるようになったんだ?」
「……わからないです……。もう……これが限界で……」
レフィはひどく息切れしていた。
「……頑張ったな。……おれ、あの時は……余計な事言って、迷わせたと思ってたけど……。でも、さっきのレフィは、今までで一番強かったぜ!」
「……ありがとう……」
その時。
まるで光がかき消されたかのように、塔の中が暗くなった。その闇の中に、黒い体の竜が現れる。
……そう、闇の中だというのに、その竜の姿は、はっきりと見えていた。
「……よくやったな。まず、礼を言おう」
その姿通りの低い声で、竜は言った。
「……今こそ、そなたたちに、全てを話さねばなるまい。全てを知った時、どうするか……。それは、そなたたちの決める事だ」
一呼吸おいて、竜は話し始めた。
「……この世界の中で、人間は唯一、神の力を操る事が出来た。始めは小さな炎を熾したりする程度だったが……その内、人は、無から有を手に入れる方法を研究しだした。歴史にも残らぬ昔の事だ」
竜は、言葉を選んでいるらしい。
「しかし……あるとき、人は見つけてしまった。神の力を操る法を。力を手に入れた人間は、その力に溺れ……ついには、自らを滅びの危機にさらすまでになった。見かねた母なる神は、自らの七人の分身を生み出し、七つの塔の中で、七つの力を守るよう命じられた。……その時から、世界は秩序が保たれるようになり、神の力は、言葉や動きの組み合わせ……呪文や呪印という、秩序あるものでしか操れぬようになったのだ」
「でも……。それなら、おれたちは……」
「……そなたたちは、塔を守る役割を担う者。それが、引いては世界の秩序を守る事になる。その大きな役割ゆえ、そなたたちには、呪文を唱えず力を使う能力が与えられた」
「セカイのチツジョを守る……?」
「そう。しかし、その役目を果たすかどうかは、そなたたちの決める事。……世界の秩序を乱し、この世に魔物を生み出した者は、そなたたちが『邪神の塔』と呼ぶ場所におる。……この後どうするかは、そなたたちが決めなさい。……我らは、いつでも、塔の中で、そなたたちを見守っておる……」
闇が消え、再び光が射した。
「……どうするんですか?」
「決まってるだろ?……ここまで来て、引き下がれないさ」
「ジャシンだろうと何だろうと、やっつけてやるんだから!!」
「僕は、どこまでだってお供しますよ!」
「……世界の行く末、それに、大いなる過ち……。精霊使いとして、見届けないとね」
「邪神?上等じゃねえか。そんな強い奴と戦えるなんて、ついてるぜ!」
「……でも……」
レフィは、不安げな表情だ。
「本当に、勝てるのでしょうか?魔物たちを統べる王に、人間の力で……」
「大丈夫だって!そのための力だろ?足りないはずないさ!」
クラインは明るく笑う。
「そうですよね……。何度も大変な目に遭ったけれど……その度に乗り越えて来ましたからね!」
レフィも笑った。
思えば、敵討ちのために始めた旅だった。
しかしそれが、気が付けば、世界を救う旅になっていた。
憎しみが呼ぶものは憎しみ。
それは、過去から未来へ、果てしなくつながる、鎖。
きっと私も、その鎖の輪の一つだった。
だけど、私は、その鎖を、断ち切る術を知った。
それを教えてくれたのは……。
――ねえ、クリス。
わたしの答え、正しかった?
あなたは……喜んでくれる?
「……私は……生きているのか?光を奪われただけで、許されたのか?」
皇帝は、身体を起こした。
光の中で聞いた言葉が、頭の中で繰り返されている。
「その気持ちを……他人に向ける?」
皇帝は、初めて、思いを馳せてみた。
戦争で、愛する者を失った者たち……彼らの抱いた思いに。
そして、皇帝は、知ってしまった。
自分の犯した罪を。
「そうか……。私は、それ程までに……」
皇帝は、瞳を開いた。
その瞳に、黒い竜の姿が映った。
「な……見える……!?」
「……そう。彼女は、何一つ奪っていない。……彼女は信じたのだ。そなたが、憎しみを生まない方法を、必ず見つけると」
「信じた……だと?あれ程までに自分を傷付けた人間を……信じただと!?」
突然、皇帝は笑い出した。
「……驚きだよ!そんな小さな可能性に、賭ける人間がいるとはな!!」
しかし、彼女は、賭けに勝ったのだ。
「相変わらず……悪運が強い」
一通り笑った後、皇帝は今後について考えた。
するべき事は、山ほどある。
しかし、最初にやるべき事は……。
「……探さねばならぬな、突然いなくなった我が息子を……新たな憎しみが生まれる前に、見つけねばならぬ」
皇帝は、彼にも辛く当たっていた。
しかし、これからは違う。
彼は……
そう、まさに、生まれ変わったのだから。
その瞳は、金色に輝いていた。
〜後書き〜
どうもこんにちは。
いろいろと謎が明らかになった第7章です。
なんていうか……納得していただけましたか?決着のつけ方は、作者も結構悩みました。
ヴァンダーク皇帝、もう最悪ですね!書いてて本当に嫌でした。レフィは偉いですよ、本当に……。
なんかもう、終わりが近いなって感じです。ラストスパート、頑張ります!
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