第8章 〜君の瞳に、ボクは映らない〜



最後の戦いは、刻一刻と近付いている。冒険者たちは、この時間を、それぞれに過ごしていた。

「よお、レイシー。……お前、何やってんだ?」
セリアが声を掛けた時、レイシーは、小さな川の側で、祈りを捧げていた。
「水の精霊たちに祈ってるんだ。何か大きな事をする時は、必ずする事なんだよ」
「そうか……」
「セリアさんは、何かに祈ったりする?」
「神は信じていないんだ。……いや、存在は否定のしようがないが、宗教的な意味では、な」
セリアはレイシーの傍に座り、無数にある短剣を、一本一本砥ぎ始めた。
「俺にとっては、これが祈りみたいなものだ。……兄貴も、大きな冒険の前には、いつもこうしていた」
「……もしこの戦いに勝ったら、お兄さんを越えた事になるんじゃない?」
「いや、そんな事はない。……俺がいくら強くなっても、兄貴には一生追いつけない……そう思った事が何度もある。でも、それでいいんだ。目標が無限に高くなれば、俺も無限に強くなれる」
「……無限……か。……もし今度の敵が、無限の強さをもっていたら……?」
「……それでも、越えてみせるさ。……絶対にな」

ジェイクは剣を振るっていた。
――敵は強大だ。
僕は、役目を果たす事ができるのだろうか?
本当に、みんなを守り抜けるのだろうか?
いや、そんな事よりも……。
ジェイクは剣を下ろした。集中しなければいけないというのに、迷いばかり浮かんでしまう。
――そう、僕は、いつも迷ってばかりだ。
僕の弱さは、迷いを捨て切れない心……。
「ジェイクおにいちゃん!ちょっと、休憩したら?」
その声は、コレットであった。コレットは、魔術書を読んで、様々な魔術を頭に叩き込んでいた。臨機応変に戦えるように、とのジェイクの案だ。
コレットは、水の入ったコップを二つ持っていた。一つをジェイクに渡し、自分はもう一つを飲む。
「ねえ、ジェイクおにいちゃん……」
「何?読めない文字でもあった?」
「ひっどぉい!!もういいよ、話すのやめる!!」
「ご、ごめんごめん。で、何なの?」
「……あたし、ほんとについてってもいいのかなあ、って……」
コレットは、先程までと打って変わって、沈んだ顔で俯いた。
「あたし、冒険が始まった時もさ……。レフィおねえちゃんとクラインおにいちゃんに、無理矢理くっついて来てさ……。ほんとは、邪魔になってるだけじゃないのかなあ……」
「……そんな事、ないと思うよ?」
水を飲みながら、ジェイクが言った。
「……僕たち、コレットちゃんの魔術に、随分助けられてきた。コレットちゃんだけじゃない……。たぶん、誰か一人でも欠けていれば、ここまで来る事は出来なかった。今度の敵も……きっと、六人で力を合わせなきゃ、勝てない相手なんだよ」
「……それ、ほんと?絶対に、嘘じゃない!?」
「当たり前だろ?」
「……良かった!」
コレットは、満面の笑みを浮かべた。
――そうだ。
悩む事などない。
全力を尽くす……ただ、それだけだ。

レフィは、宿屋の窓辺に座って、ぼんやりと外を見ていた。
と、軽いノックの音がして、クラインが入ってくる。
「よっ、レフィ。……隣、座ってもいいか?」
「ええ、どうぞ」
しばらく二人は、黙って外を眺めていた。
「なあ、レフィ……」
先に沈黙を破ったのは、クラインであった。
「おれさ、正直言って、今すごく不安なんだ。もしこの戦いで、誰かを失ってしまったら……おれ……」
クラインは、数日前の事を思い出していた。掛け替えのないものを失う、苦しみを。
レフィは、クラインの顔を、そっと見詰める。
「……悲しい顔、するのね」
「えっ……?」
「あの時から……私が大怪我した時から、あなた、よくそんな顔をするようになったわ。……でも、あなたにその顔は似合わない」
「……」
クラインは、少し顔を赤らめている。
またしばらく、沈黙が続いた。
「……依頼料、いつ払いましょうか?」
今度は、レフィの方から話し掛けた。
「依頼料?……ああ」
すっかり忘れていた。クラインは冒険者で、レフィは依頼主なのだ。
「いらないよ、依頼料なんて。……なんていうかさ、その……」
クラインは、耳まで真っ赤になった。
「いや……ごめん。この戦いが終わったら、ちゃんと言うから……それまで、待っててくれないか?」
「……わかったわ。私の方からも、お願いがあるの。……必ず、生きて戻るって、約束して」
クラインは、レフィの瑠璃色の瞳を見詰めた。そして、心の中で誓った。
――どちらかの命が危なくなったら、迷わずレフィを守ろう。 「ああ……約束だ」

邪神の塔。その忌まわしき建物は、世界の中心、この塔のために創られたかのような、小島にあった。外見は、他の塔と変わらない。
塔の扉は、開いていた。その奥から、禍々しい力が溢れ出している。
「……いよいよだな」
塔に一歩踏み込んだ瞬間、大量の魔物が襲い掛かってきた。
闇の塔にもかなりの魔物がいたが、こちらは力の源に近いせいか、今までの魔物とは比べ物にならない程、凶暴な様子であった。
しかしこちらも、今までの数段は、強くなっている。
「練習の成果、見せてやるんだから!!」
コレットが一歩前に出て、魔力を集中させる。
魔物たちの中心に、赤い光が浮かび上がった。
「下がってて!!」
赤い光は、一度収束したかと思うと、轟音と共に爆発し、魔物を吹き飛ばした。中心の近くにいたものは、跡形もなくなっている。
「どう?……ちょっとはあたしの事、見直した?」
『……』
押し黙っている冒険者たちの顔は、少し青ざめているように見える。
「ぼ、僕たちも、負けていられませんね……」
「コレット、さ、先は長いんだ、力は節約しろよ……」
「……はーい……」
コレットは、皆があまり喜んでくれなかったので、不満げだ。
「……いーもん、もう弱いやつしか使わないから……」
コレットは、いじけてしまったようだ。

邪神の塔は、長かった。皆かなり消耗しているというのに、まだ最上階は見えない。
「……もう、いい加減、疲れ……ん?」
クラインの目の前に、見覚えのある魔物がいた。
人の姿に似た、大型の蜥蜴。
そう、それは確かに、炎の塔を守っていた――クラインたちが、倒したはずの魔物。
「……お前、生きていたのか……?」
「いや、一度は死んださ。……しかし、我らの王は、再び役目を与えてくださった。……お前らをここで殺せとな!!」
魔物は、火炎の息を吐き出した。明らかに、威力が増している。
しかし、ここで負けるわけにはいかないのだ。六人は、どうにか魔物を打ち倒す。
「……まさか、今まで戦った魔物が、全て出てくるのでしょうか?」
「……そうかもな……」
「……おそらく、ヴァンダーク皇帝以外は……」
予感は的中した。

最後の魔物――カマイタチを倒し、その背後の扉を開く。
そこは最上階であった。そして……。
魔物の王は、そこにいた。
「ついにここまで来たか、愚かな人間どもよ……」
ひどくくぐもった声で、魔物の王はいった。
彼は、魔物を統べる者にも関わらず、人間に近い姿をしていた。しかし、紫色の肌に覆われた手足、それから、背中に生えた黒い翼は、彼が邪悪な力に冒されている事を、物語っていた。
「我は魔王だ……。我に逆らうならば、命はないと思え……」
声が妙に聞き取りにくいのは、仮面を着けているためだ。仮面の奥の彼の表情は、わからない。
「悪いけどな……死ぬのはお前の方だ!!」
クラインは、魔王の懐に跳び込む。その手に黒い炎を纏い、渾身の力で叩きつける。
「……なかなかだ。我が配下を倒しただけはある」
魔王はクラインを一瞥した。そして、さほど力を込めずに、拳を振るう。
「ぐあぁっ!!」
クラインは、仲間たちの足元に、叩きつけられた。
「クライン!!」
レフィは回復魔術をかける。しかし、それにどれほどの効果があるのか。
「……どうだ?これが我々の力の差だ。諦めた方が、いいと思わないか?」
「ふざけた事を!!」
ジェイクが剣を構え、魔王に攻撃を仕掛ける。
魔王は、ジェイクの剣を、片手で止めた。
「この程度の力、片手で充分だ。……安心しろ。君のご自慢の剣を、折ったりはしないからな」
「くっ……まだだ!!」
ジェイクは足元に力を込める。
何もないはずの床から、土の槍が次々生まれる。
「おおっと!」
魔王は剣から手を放し、同時に宙へと舞い上がった。
「不意打ちとは、なかなかやるじゃないか。……しかし残念だね。大地の術は、空中にいれば当たらない」
「ならば……これならどうだ!!」
ジェイクが攻撃を仕掛けた時、セリアもまた、力を集中させていた。
連続して放たれた短剣が、空気に亀裂を生み出しながら、魔王に襲いかかる。
「……フッ……」
魔王は軽々短剣をかわす。かわしきれないものも、指で軽く摘んで、床に落としてしまう。
「この程度の風、我にとっては、微風もどうぜ……」
「まだ終わってない!!」
レイシーが、呪印の最後の記号を描き終える。
巨大な氷の槍は、風の流れによって勢いを増し、魔王の腕を切り裂いた。
魔王は腕を触り、手についた血を見た。
「痛いではないか。……どうやら甘く見すぎていたようだ。力を使わせてもらうよ」
魔王の両手の間に、禍々しい力の塊が現れた。魔王はジェイクに狙いをつける。
「ジェイクさん!!」
その力がジェイクにぶつかる寸前に、レフィは防護魔術を放った。ジェイクの身体が、淡い金色に光る。
「無駄だ!!」
「ぐ……あ……」
ジェイクは膝を折るように、その場に倒れた。
「ジェイクさん!?」
レフィはジェイクに駆け寄った。
外傷はない。しかしジェイクは、攻撃が当たった箇所を押さえ、苦しそうに呼吸していた。
「あなた……一体何を……?」
「……強いエネルギーの塊は、それだけで生物の体を蝕む。この男も、もう長くはないな……」
「いや……。諦めてなるものですか!!」
レフィは両手に力を集中させ、ジェイクを回復しようとする。
しかし、その隙を、魔王が見逃すはずがない。
「そうか……貴様さえいなくなれば、回復は出来くなるな!!」
魔王は力を溜める。
「そうはさせるか!!」
「これ以上、仲間を傷付けるな!!」
セリアの風とレイシーの氷が、同時に魔王に襲い掛かる。
「それ程死に急ぐか!!」
魔王が目標を変える。先程自分に傷を付けた、忌々しい人間に。
「レイシー!!」
セリアが、レイシーをかばうように立つ。
「セリアさん!?」
「何をしている!あいつは攻撃の瞬間、動きが止まる!そこを狙うんだ!!」
魔王の手から、力が放たれる。
「俺に構うな!!」
力の塊が、二人に迫る。
「そんな事……出来るわけない!!」
レイシーは、セリアを横に突き飛ばした。力に打たれ、レイシーは倒れる。
「バ……バカやろおぉ!!」
セリアは一つの短剣に、有りっ丈の力を込める。放たれた短剣は、目にも留まらぬ速さへと加速し、真空の刃となる。
短剣が魔王の肩を掠めた瞬間、セリアもまた、力に打ち倒されていた。
「レイシーさん!セリアさん!!」
「ふん……馬鹿が」
魔王は、その顔をレフィに向けた。
「待たせてしまったね。……さあ、今度こそ君の番だ!!」
力の塊が、レフィに迫る。しかし、力がレフィを打ち倒す前に、人影が割って入った。
「クライン!?」
「レフィを……倒させは……しない……」
クラインは、自らの足で立っていた。
「ほう、まだ立ち上がれるのか。……しかし、何をする気だ?貴様の力は、我が片腕の力にも満たぬのだぞ?」
「でも……おれだって……立ち上がる力くらいある……。レフィのためなら……何度だって……立ち上がって……」
クラインは、力尽きたように倒れた。
「クライン!いや……しっかりして!!」
「……骨のある奴かと思ったが、所詮その程度か……」
「よくも……よくも!!」
レフィは弓を引く。
「……いいのか?貴様が死ねば、全て終わってしまうのだぞ?」
レフィは矢を放った。魔王は軽々とそれを止める。
「もう少し、頭はいいと思っていたがな。……これで終わりだ!!」
「コレットちゃん……逃げて!!」
力に倒される寸前、レフィは叫んだ。
レフィは床に倒れ、それっきり動かない。
「いや!おねえちゃん!!おねえちゃんがやられたら……あたし……!」
魔王は、その時初めて、隅の方で震えている少女に気が付いた。
「おや……気付かなかったよ。こんな小さな仲間がいたとはね」
魔王は軽蔑したように笑った。
「……お前ごとき、戦うまでもないな!そこの女が言う通り、逃げたらどうだ?今なら見逃してやろうではないか!」
「ば……馬鹿にしないでよ!!」
コレットは、杖を頭上に掲げる。
「確かに、あたし、弱いけど……。いつも、足手纏いで、邪魔になってたかもしれないけど……。でも!あたしだって、みんなの仲間なんだから!あんたなんかに……絶対、負けないんだから!!」
コレットの身体から、赤い光が溢れる。
「な……なぜ、これ程の力が……!?」
コレットの頭上に、巨大な炎が現れた。それは、赤く輝く、炎の鳥の姿になる。
「まさか……守護神の力を捨てる気か!?」
「お願い、もう一度……みんなの命の灯火に、炎を!!」
赤い光が広がる。いつもの、全てを焼き尽くす炎ではない。温かく、柔らかい炎。
「なぜだ!?炎の力で、なぜ回復が出来る!?」
「……死という暗闇で震える者に、炎は生の温もりを与える……。炎の魔術の頂点は、回復魔術だよ……」
コレットの身体が揺らぎ、床に倒れる。
「ごめんね……。あたし、もう、戦えない……。後は……みんなで……!」
コレットは、深い眠りに就いた。
「く……!復活が何だ!再び倒せば同じ事!!」
「……俺たちが、むざむざやられると思ったのか?」
セリアの身体が、翠色の光に包まれる。
「貴様も力を捨てるか!女の貴様には、自分の兄すら越えられなくなるな!!」
「強さは自分の手で勝ち取る!こんな力に頼るのは……強さじゃねえ!!」
翠の光は、狼の姿となる。セリアの短剣は、狼の牙だ。
「くらえ……風の牙を!!」
短剣は、魔王の肌を食い千切るかのように、深く切り裂く。
「な……たかが風に、これ程の傷を……!?」
「当然だ。守護神の力……お前と同等の力だからね!!」
蒼い光を纏って、レイシーが立っていた。
「貴様……。なぜガイアロードを恨まぬ!?自らを苦しめた者に、なぜ復讐しようとせぬのだ!!」
「人は誰だって過ちを犯す。そして、誰だって、それを償えるんだ!!」
レイシーは呪印を描く。まだ使った事のない呪印。しかし精霊たちは、きっと応えてくれる。
『天を漂い・地を巡る・水を司りし・精霊よ・今我が全ての・力を纏い・清き水と・聖なる氷の・二つの裁きの槍となり・我が前に・力を示せ』
魔王の頭上に、二つの槍が現れる。それらは螺旋の軌道を描き、魔王の体を貫く。
「……水と氷の術を、同時に扱うだと……!?そんな事、出来るはずが……」
「この世界の可能不可能……自然現象を司っているのは守護神だ。お前じゃない……!」
ジェイクは剣を頭上に向けた。天井が揺れ、無数の岩石が崩れ落ちる。
岩石は鋭い槍となって、落下の勢いに力を増し、魔王の体に無数の傷を作り出した。
「大地の術を……上に放つだと!?」
「言っただろ……。不可能なんてないんだ……!」
ジェイクは膝を着いた。身体が重い。
「確かに不可能などない。しかし、自然の法則をねじ曲げれば、術者に大きな負担がかかる。……なぜ貴様は、そこまでして戦う?貴様の想いは、報われぬというのに……!」
「……確かに、僕の想いは報われない。わかっていた事だ。……でも僕は、大切なものを守るために、命を懸けて剣を振るう!それが、僕の……誇りだ!!」
ジェイクは最後の力を振り絞り、床を蹴った。
剣が、金色に煌く。
魔王の腕が反応する前に、ジェイクは剣の重さを感じさせない速さで、剣を二度振るった。
魔王の胸に、十字の傷が付く。
「それが……悪しき者の……墓標だ……」
ジェイクは次の者に場を譲ると、眠りに落ちていった。
「……お前に訊きたい事がある」
クラインは、その右手に、ゆっくりと力を溜めた。
「お前は、人の姿をした魔物か?それとも……魔物の姿をした、人間なのか?」
「我は魔王だ!それ以外の何者でもない!!」
「ああそうか……。だったら、その悪趣味な仮面はずして、お前の正体確かめてやるよ!!」
クラインの右腕が、闇色の炎に包まれる。やがて炎は、闇の色をした、竜の爪となった。
「なぜだ……。なぜ苦しみを抱えながら、自らの運命を恨まぬ!?なぜ、自分を傷付ける者のために、自らを犠牲にするのだ……!」
「お前の言う通りだ!人は、憎しみ合い傷付け合う、不幸な生き物だよ!!だけどな……!それは、心があるからだ!!心がある限り、人はいつか分かり合える!愛し合う事だって出来るんだ!!」
クラインの拳は、魔王の顔に当たった。
仮面が、砕け散る。
「何が愛だ……。絶対に叶わぬ愛も、あるというのに……!」
魔王は顔を上げた。
その瞳に、一人の少女が映る。
銀色の長い髪。こちらを見詰める瞳は、瑠璃色をしていた。
その瞬間、魔王は思い出した。
自分の正体、力を手に入れた理由、そして……
あの少女が、誰であるかを。
「……セルフィア……?」

レフィは、弓を構え、力を集中させた。
止めを刺すのは、私だ。
私が、魔王の息の根を止める。
皆の思いに応え、そして、人々を苦しみから救うために。
魔王が、顔を上げた。
レフィは、弓矢を落とした。
心の中を駆け巡る、様々な想い。
驚き、途惑い、そして喜び。
魔王は、黒い髪と藍色の瞳を持った、少年であった。
レフィは、彼の名を知っていた。
溢れる感情に衝き動かされるように、レフィは何もかも全てを忘れて、少年に駆け寄った。
レフィは少年の名を呼ぶ。
「クリス……クリス!」
少年が、レフィの手を掴んだ。その顔は、怒りと悲しみで、歪んでいるように見えた。
「やはり君は、その名前でボクを呼ぶんだね……!」
「痛っ!」
少年は、レフィの手を強く引く。バランスを崩して、レフィは少年の胸に倒れ込んだ。
「でもそんな事は、もうどうだっていいんだ。やっと君は、ボクを見詰めてくれた……!」
「一体、何を言っているの……?目を覚まして、クリス……!」
「ボクはクリスじゃない!!」
「!?」
「君は気付かなかっただろうね、クリスが二人いたなんて……。ボクは、クリス……双子の兄と違って、内気だったから……何の疑いもなく『クリス』と呼ぶ君に、自分の名前を明かす事も出来なかった……。でも、それで良かった。君がボクの名を呼んでくれなくても、ボクは君といて、本当に楽しかった。それを、あいつは……!」
少年は、憎しみをあらわにする。
「あいつは、ボクから何もかも奪っていった!ほんの少し早く生まれただけなのに、皇帝の座は、あいつのものになった!それだけじゃない……。生きる意味すらないボクの、唯一の楽しみだった君ですら、あいつは奪っていったんだ!!」
少年は、まるで目の前に相手がいるかのように、怒りをぶつけた。
「ボクはあいつが許せなかった!だから命令したんだ……あいつを殺せと!!」
「……そんな……あなたが……?」
レフィの膝が震える。そんなレフィを支えながら、少年は言葉を続けた。
「……今、ボクは、世界を支配するだけの力を持っている。富も権力も、思いのままに手に入るんだ!……もちろん、全ては……君のためだよ、セルフィア」
「……例えあなたが何を差し出そうと、私はあなたを愛する事が出来ない。だから私は、何も望みません。……いえ、一つだけ。……今すぐ、その力を捨ててください!」
「ふざけるな!!」
少年は、レフィを突き飛ばした。
「なぜだ!なぜこれ程の力を手に入れてなお、君の心を手に入れる事が出来ないんだ!!」
「私の心を変えるのは、あなたの力じゃない!私の意志よ!!」
「そんな……くそおおぉぉぉ!!」
邪悪な力が、一気に高まる。
「そうか!この身を魔物と化しても、君の瞳にボクは映らないのか!ボクは永遠に片想いし続けるのか!!もういい!何もかも……何もかも、消えてしまえばいいんだ!!」
少年の前に、巨大なエネルギーの塊が現れた。
「始めは、お前らだ!!」
「やめて――っ!!」
レフィがエネルギーの弾の前に立つ。
迫りくる力が、レフィの身体を打ち砕く……はずであった。
爆発と共に、飛び散るエネルギーと、無数の床の破片。
「やったか……?」
立ち込める砂塵が、ゆっくりと収まる。すると、向こう側から、金色の光が射し込んだ。
「な……何だ……?」
砂塵の向こうに、レフィは立っていた。
金色に輝く翼で、その身を包んで……
そう、まるで、天使のように。
翼は、一枚一枚の羽根となり、少年の身体に降り注ぐ。
「そんな、君までボクを……!?」
少年は、自らの命が奪われる事を覚悟した。
しかし……。
「傷が……癒されている……?」
「……思い出して……」
光の向こうから、レフィが語り掛ける。
「思い出して……。あなたは、破壊など望んでいないはず……。あなたは、魔王ではないはずよ……。さあ、教えて、あなたの本当の名を……」
「ボクは……ボクの名は……クランディス……いや、クランだ……!」
「そう……。ごめんなさい、クラン……。私は、あなたの想いに、応えられない……。でも、あなたならきっと、巡り会えるわ……あなたを愛する人に……。だから、私の力で……。 ……!?」
突然、レフィが倒れた。光が消える。
「そんな……。力が……足りない……?」
どうして……?
薄れゆく意識の中で、レフィは思い出した。
……そう、あれは、三年前。
「私が……力を否定したから……?私自身の手で、力を封印した……?」
そうだ。
私はあの時、初めて封印魔術を使った。
他でもない、自分の力を封印するために。
「……そんな……」
レフィは、自分の軽率さを悔やんだ。
しかしもう、遅すぎた。もう、どうにもならないのだ。
どうにも……。
「駄目だ……。こんな封印では、すぐに解けてしまう……」
クランは、元の姿に戻っていた。しかし、その身体の中で、忌まわしい力が、ゆっくりと鼓動している。
封印が解けてしまえば、もう、この力が消える事はない。
そう……彼が死なぬ限り。
「死……?そうだ、ボクが死ねばいいんだ……。どうせボクが死んでも、悲しむ人などいないんだから……」
クランは辺りを見回した。と、騎士の大きな剣が目に留まる。
「あれで……胸を刺せば……」
クランは、ジェイクの剣を鞘から抜き出し、自分の胸に突きつけた。
この剣を強く押すだけで……ボクは死ねる。
その時、どこからか声が聞こえた。
「やめときな……」
聞き覚えのある声。
そう……彼がこの世に生まれた時から、毎日聞いている声。
「あいつはその剣で、人を殺した事がないんだ……。お前がその剣で死んだら、あいつが悲しむ……」
クランは、声の方を見た。
そこに、自分がいた。
いや、違う。彼の瞳は、金色をしている。
「君は、何者だ?……兄さんの幽霊かい?」
「おれはちゃんと生きてるよ。それに、お前の兄じゃない。……少なくとも今は、冒険者のクラインだ」
「……だったら、ボクに『死ぬな』なんて言う権利はないね」
「言っただろ。ジェイク……おれの仲間が悲しむんだ」
「……いいかい、セルフィアの封印は長続きしない。そして、この封印が解けてしまったら……再び世界は、魔物に覆われる。……ボク一人の命でいいんだ……!」
「……わざわざ説明ありがとよ。……要するに、その力が消えればいいんだろ?」
突然、金色の光が辺りに満ちた。その光の中心は、クライン。
「……なぜだ……?君の力は、『闇』のはず……」
「おれも、ずっと不思議だった。……でも、今やっとわかったんだ。……この力は、今、この瞬間のためにある」
「……そうか、『光』の封印を、『闇』の力で破壊したのか……。……駄目だ!本来使えないはずの……それも、『光』という、『闇』と相容れない力を使ったりしたら、君の身体が持たない!!」
「……『光』と『闇』は、相容れないものじゃない。光が当たると影ができるように、常に共にあるものだ。……それに、レフィの力が、おれを死なせたりするはずないだろ?」
「やめてよ……。ボクのために君が死んだら、セルフィアが悲しむ……!」
「……お前のためじゃない。世界のためでもない。……愛する人のために、おれは、お前の力を封印する……!」
クラインの背にも、金色の翼が生えていた。
その姿は、クランの心の奥底に隠れていた感情を呼び覚ます。
世界で一番憎くて……
そして、世界で一番大好きだった……。
そうだ、やはり君は……
「……兄さん……!」
ぶつかり合う二つの力。
そして……
二つの力は、同時に、この世から消滅した。


〜後書き〜
こんにちは、みなさん。
……何ていうか、今回、すごい話ですね。魔王の仮面が割れた瞬間に、正体に気付いた人は、何人いるんでしょうかね。
さて、魔王ことクランですが……お前、もっとレフィの気持ち考えろよ(笑)!もうどうしようもなくて、暴力(?)に走ったんでしょうね。……いや、個人的な事に世界を巻き込むなよ!
さて、次回でついに完結です。気合入れて頑張ります。

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