第5章 〜枯れ果てゆく地〜
「ここが……レインフォール!?」
「そんな……。あれから、たった数ヶ月しか経っていないというのに……!」
レインフォール。ガイアロード王国が滅ぼした、精霊使いの村。
その名の通り、水に恵まれていたはずの村は、ひび割れた大地と廃墟に成り果てていた。
「そんな……。なぜここまで、荒れ果てているんだ……」
この地に着くまで、必死に村を救う手立てを考えていた。
しかし……。
希望は、いともあっさりと崩れてしまった。
この村は、死んでいた。
一行は、しばらく、茫然と廃墟を見詰めていた。
その時。どこからか、美しい笛の音が聴こえた。あまりに美しいその音色が、命の消えた村に悲しく響く。
「人がいたのか……」
「そうだ、あの子はまだ……」
他にする事もなく、一行は笛の主のもとへ向かった。
笛――どうやらオカリナのようだ――を奏でていたのは、十五歳くらいの少年であった。美しい、藍緑色の瞳。肩に掛かるほど長い青い髪と、美しい顔立ちは、少女を思わせる。
少年は、曲を終わりまで演奏すると、顔をこちらに向けた。
「……ようこそ。ここは精霊使いの村、レインフォール。死にゆくのみの村に、いったい何しに来たんだい?」
静かで、あまり抑揚のない声。元々そういう声なのか、悲劇が少年の声をも変えてしまったのか。
「……久しぶりだね」
ジェイクは声を掛けた。しかし、何を言えばいいのかわからない様子だ。
「君は……あの時、ぼくを助けた人だね。今更何をしに来たの?まさか……謝るつもり?」
「……」
「もしそうなら、その必要はないよ。どんな死であれ、ぼくらはそれを受け入れる。死は自然の掟だからね。……ぼくら精霊使いは、みんなそう思っている」
ジェイクは、あの日の事を思い出した。逃げようともせず、かといって怯えた様子も見せずに、こちらをじっと見詰める少年。
――彼は、死に恐怖など感じていなかったのだ。
「……でも……」
ジェイクは、言葉を発した。この少年に、どう受け止められるかはわからないけれど。
「でも、だからって、僕らの行為に、罪がなかったわけではないだろう?……謝りに来たわけじゃない。ただ、この村のために、出来る事を探しに来たんだ」
少年は、ジェイクの顔を、藍緑色の瞳で見詰める。しかし、すぐにその瞳をそらし、首を横に振った。
「……無理だよ」
「なっ……どうして言い切れるんだ!?」
「精霊……と言っても、わからないね。……生命の気配、とでも言えばいいのかな?そういうものを、この辺りから感じるかい?」
四人はしばらく、黙って気配を探る。やがて、誰ともなしに、首を横に振った。
「わかっただろう?……生きている力、他のものを生きさせる力を、ぼくらは『精霊』という。……かつてここは、水の精霊に守られた、豊かな土地だった。しかし今は……、水も、大地も、木々も、すべて精霊を失ってしまった。それはすなわち死。……この村は死んだ。もう、どうしようもないんだ……」
その表情に、陰りを見せながら、少年は言った。
「……本当に、諦めていいの?」
そう言ったのはコレットであった。自分とさほど変わらない年頃の少年が、すべてを失い苦悩する姿は、コレットをも苦しめる。
「人の命はどうしようもないけど……でも、まだ出来る事はあるんじゃない?……あたしも、手伝うから……」
それでも少年は、首を振る。
「精霊は、意志を持ったものなんだ。彼らは、人の行為に怒り、この地を去った。ぼくの力で、水の精霊だけなら呼び寄せられるけど……。でも、彼らがこの地に留まるかどうかは、彼ら自身が決める事なんだ」
「……試したこと、あるの?」
「……あるよ……」
溜め息混じりの声であった。
「……今ここで、やってみようか?」
一行は、無言で頷く。
少年は、左手を持ち上げた。その手首には、美しいリング――他では見掛けないデザインの銀細工に、蒼い宝石が付いている――がはまっていた。
少年は、ゆっくりと深呼吸する。力が、少年に――少年の左手に集まり、蒼い輝きを発する。
少年の手が動いた。しなやかに動く左手が、光の蒼い残像が、空中に、絵とも文字ともつかぬものを描きだす。
魔術と精霊術の違い。それは、力に対する概念と、力の呼び出し方である。
魔術が音声である呪文を使用するのに対し、精霊術は呪印を描く事で力を放出する。その動きは、舞踊のようにも見える。
少年は、呪印を描き終え、手を止めた。
目には見えないが……彼らにはわかる。
力が、集まっている。
晴れ渡っていたはずの空に、雨雲ができ、そして……。
雨が、降り出した。
しかし雨は、乾いた地面に吸い込まれ、すぐに消えてしまう。
しばらくたち、雨が止んでも、地面はひび割れたままであった。
「……ほら、ね」
やはり多少は期待していたのだろう、沈んだ声で少年が言う。
「……」
一行も、黙りこんでしまう。
「……一つ、訊きたいんだ」
ジェイクが言った。
「なぜ君は……ここに残っているんだい?」
「……人の過ちの結果は、最後まで見届ける。……これも、精霊使いの教えだ」
いつの間にか、夜が迫っていた。今日はここで休もう、というジェイクの言葉で、一行と少年は、共に眠りに就いた。
少年は、知らなかった。
世界で、何が起こっているのか。
声が聞こえた気がして、少年は目を覚ました。しかしまだ、夜は明けていない。冒険者たちも、眠ったままだ。
鳥の声でも聞いたのだろう、と、少年は再び、眠りに就こうとする。
『……が、欲しいか……?』
少年は、はっと飛び起きた。
鳥の声ではない。
まさか、精霊の声……?
『力が、欲しいか?』
声は、語り掛ける。
「え……?」
なぜ、そんな事を訊くのだろう。
『力が……欲しいか?』
少年は、考えた。
そうだ。
自分の力では、この村は救えない。
力が……力さえ、あれば。
「欲しい。……ぼくは、力が欲しい!」
少年は、答えた。
『ならば……水の塔へ来い。……我は、最上階にて待つ』
「……無理だ……」
少年は呟いた。
塔に入れるのは、最強の精霊使い、大精霊使いだけなのだ。
自分には、無理だ。
『いや、そなたならここまで、来る事が出来る』
「本当……?」
『ああ』
少年は、歩き出した。
力が欲しい。
その想いだけで。
少年は、水の塔の扉に触れた。実にあっさりと、扉は開く。
水の塔には、大量の魔物がいた。しかしなぜか、皆少年を襲おうとしない。
それに何の疑問も持たず、少年は塔の最上階へ辿り着いた。
「……来たか」
そこにいたのは、巨大な海蛇。まるで、魔物だ。
「ここにいるって事は……、君、水の大精霊?」
「……そうだ」
「本当に、力をくれるのかい?」
「ああ……。そなたなら、我が王も喜んでくれよう」
守護神の体が光った。少年の身体に、力が流れ込む。
その時……少年の中で、何かが変わった。
村を救うために、力を求めたのではない。
すべては、あの国への……復讐のため。
ジェイクは、目を覚ました。そして、異変に気付く。
一緒に寝ていたはずの少年が、いない。
「何なんだ……?」
とりあえず、仲間を起こし、その事を伝える。
「食べ物でも、探しに行ったんじゃないのか……?」
クラインが言う。ジェイクは黙って首を振る。
「……嫌な予感がするんです。何か、起こりそうな……」
レフィは、じっと考え込んでいた。
「何か、引っ掛かるんです。あの子……」
再びうつむき、そしてぱっと顔を上げる。
「そうだ。確か昨日……『水の精霊だけなら呼び寄せられる』、こう言ってたんです」
「そうか!」
ジェイクが声を上げた。
「じゃあ、あの子も『鍵』なんだ!だったら……あそこしかない!」
一行は頷いた。
――そう、この地にあるのは、水の塔。
水の塔の扉は、開いていた。そこから、大量の魔物が、外に出てきている。
「……やけに魔物が多いと思ったら……」
「やはり、この中のようですね」
「……取り返しのつかない事に、なってなければいいのですが……」
「……大丈夫だよ、きっと」
一行は、塔の中へと足を踏み入れた。
水の塔は、その名の通り、至る所に水路がある。出てくる魔物も、魚や亀など、水生生物の姿に似た物が多い。
「……あたしの魔術、あんまり役に立たないね……」
肩を落とすコレットを、クラインが励ます。
「そんな事ないだろ。……ほら、ここから氷のコーナーみたいだ」
確かに、いかにも冷気の攻撃をしそうな魔物が、たくさんいる。
「やっと出番だ!」
コレットは嬉しそうに攻撃を開始する。
そんなコレットと対照的に、ジェイクは沈んだ表情だ。
「……なぜ、こんな方法を選んでしまったんだ……」
どうやら、少年の身を案じているらしい。
「大丈夫ですよ。……ここまで、血痕一つ無かった。……きっと、無事ですよ」
「……なら、いいんですがね……」
塔という場所は、常に予測出来ない事が起きるものだ。
そして、その予感は的中した。
「……何しに来たの……?」
少年は、言った。
昨日の、せせらぎのような、柔らかい声ではなく……。
そう、まるで、氷のように冷たい声。
「……遅かったな……」
その声は、少年の背後から聞こえた。
そこには、巨大な海蛇の魔物がいた。
「この坊主は、我が声につられ、『力』を手にしてしまった。……すでに、我らが配下だ」
「……そんな……」
ジェイクが、がくりと膝をつく。
「……ぼくは、ガイアロードに復讐する」
「!!」
ジェイクは、絶句した。
そんな事は、考えないと思っていたのに。
「邪魔をするなら……君たちも、消すよ」
「……待ってくれ……」
ジェイクが、仲間の前に立つ。
「……頼む。ガイアロードを襲うのだけは、やめてくれ。……僕一人なら、気が済むまで……どうにでもしていいから」
「! ジェイクさん!!」
「ジェイクおにいちゃん、そんな事したら……助からないよ!!」
「他にも、方法はあるだろ!?」
「……すみません……」
ジェイクは微笑んだ。
優しさ、強さ、哀しみ……。
そのすべてが混じった、笑顔だ。
「でも、僕が償いをする方法は……これしか、ないんだ。……大丈夫。この子は、人を殺したりしない。そう……信じてるんだ」
「試してみるがいいさ……思う存分な。ただし……、『力』に囚われた人間は、そう簡単には戻らないがな!!」
少年の左手が、蒼く、輝く。噴き出した水は刃となり、ジェイクの肩を切り裂く。
「ぐっ……」
「ジェイクさんっ!!」
レフィが、見ていられないというように、目を逸らす。
少年は、攻撃を止めない。抵抗もしないジェイクに、無数の傷が刻まれる。
少年は、気付いた。
今までにはない感情が、湧きあがっている事に。
「君たちが、ぼくの村を滅ぼした!」
それは、怒りであり。
「君たちが……ぼくから家族も……友達も……何もかも、奪ったんだ!!」
憎しみであり。
「でも……君は……」
そして……
「君は、何もしなかったじゃないか!」
そう、悲しみ。
「君は……ぼくを助けてくれた……」
攻撃は、ジェイクから逸れる。
「それなのに、どうして!?どうして君が、罪を背負おうとするんだ!!」
「……好きだからだよ」
ジェイクは、言った。
「君が、あの村を愛しているように……、僕も、あの国を……愛しているんだ」
「……あ……」
そうだ。
ぼくは、あの村を……あの村の人々を、愛していた。
それと、ガイアロードに憎しみを抱く事は……違う。
「くっ……。我が力が……!!」
少年の身体から、悪しき力が、抜けていく。
「……信じてたよ。……気付いてくれるって……」
ジェイクは、そのまま倒れた。鎧は無残に切り裂かれ、ジェイクの身体は、鮮血で紅く染まっていた。
「ジェイクさん……!」
レフィが、回復の力を使う。降り注ぐ光に傷を癒され、ジェイクは意識を取り戻す。
「本当に……無茶ばっかりしないでください……。私の力が効かなかったら、どうするんですか……!?」
「確かに、そうかもしれない。……これまでの僕だったら、それを恐れたまま、何も出来なかったでしょう。でも、今は違う。あなたたちに出会って……手に入れる事が出来たんです。……信じ続ける、勇気を」
ジェイクは立ち上がり、剣を構える。
本当に言いたかった事は、言えなかった。
僕に、その勇気はないから。
「行きましょう。……憎むべきは、この子の心を惑わせた……あいつです」
魔物は、怒りに体を震わせ、首を持ち上げた。
「小癪な……。どこまでも、我らの邪魔をするか!」
氷の槍が、レフィとジェイクの頭上に現れ、二人を刺し貫こうとする。
「危ない……!!」
少年が叫ぶ。
しかし、氷の槍は、二人に達する前に、炎に消滅させられた。
「コレットちゃん!」
「氷の攻撃なら、あたしに任せてっ!」
役に立てるのが嬉しいのだろう、弾んだ声で、コレットが言う。
「くっ……ならば、これでどうだ!」
先程少年が放っていたのと同じ、水の刃。しかしこれも、ジェイクの剣に弾かれてしまう。
「さっき散々当てられましたからね……。とっくに見切ってますよ!!」
「くっ……くっそおおぉぉっ!!」
水と氷が、交互に降り注いでくる。しかしどれも、消されるか、避けられるかしてしまう。
「そろそろ……反撃開始だっ!」
クラインの声で、一行は攻撃に移る。
クラインの格闘技。
レフィの弓。
コレットの魔術。
ジェイクの剣技……。
生まれてこの方、レインフォールを出た事のない少年にとって、すべてが驚きであった。
少年が、左手を握り締める。
騎士の青年が、国のために身体を張ったように……自分も、出来る事をしよう。
……愛する村のために。
少年は、呪印を描く。
それは、少年が使える中で、もっとも長く、複雑な呪印。ほんの少しの間違いでさえ、力は発動しない。
しかし……少年は、すべてを正しく描いた。
蒼く目映い光が……広がる。
「避けてっ!」
少年の声で、冒険者たちは一斉に避ける。
少年の精霊魔術が、敵に放たれる。
それは……舞であった。
純粋で透明な輝きを放ちながら、水が、氷が……舞う。
「ぼくは、負けない。弱い心に……ぼく自身に!」
水と氷は、最後に収縮し……。
硝子のように、砕け散った。
魔物と、共に。
蒼い、光。まるで、少年の、精霊魔術のように。
「……助かったのですね、私は……」
人魚、と言うべきだろうか。人のような上半身と、魚のような下半身を持つ水の守護神は、言った。
「あなたたち……ついに、ここまで」
守護神同士、感じているのだろうか。仲間の、存在を。
「……あの……」
遠慮がちな声を出したのは、少年であった。
「もしかして……水の大精霊、ですか?」
「その名で私を呼ぶという事は……あなた、精霊使いですね?」
「はい……」
固くなった様子で、少年が言った。
「あのっ、訊きたい事があるんです!」
「……言ってみなさい」
「ぼくの村は、人の過ちのために、精霊がいなくなって……死んでしまったんです。人の命は取り戻せなくても……、せめて、村の命だけでも、取り戻したいんです!どうすれば……精霊は、もどってきますか?」
いつになく興奮した様子で、少年は言った。
水の守護神は、静かに答えた。
「……精霊は、すべてを見ています。人の過ちも……正しき行いも。……正しき道を行きなさい、大精霊使いの少年よ。そして……大いなる過ちから、世界を救う者たちよ」
「大いなる、過ち……?」
「……」
何も言わず、水の守護神は消えた。
わからない。
自分たちは、一体……?
村へ戻る途中、一行は、灰色の雲があるのに気が付いた。
やがて、水滴が……雨が、降り始める。
「雨……。本物の、雨だ!!」
少年は、走り始める。
濡れてゆく大地。
溢れるように広がる、生命の息吹。
「笑ってる……。精霊たちが、笑ってるんだ!」
少年の声は、弾んでいた。
「……よかったね……」
ジェイクが、微笑む。
そう、彼は……愛する国の犯した過ちを、償う事が出来たのだ。
「じゃあ、ここでお別れだな……ジェイク」
「まさか!……言ったでしょう、どこまでもついていきます!」
ジェイクは、言った。それが、当然というように。
「ぼくも……ついていくよ」
そう言ったのは、少年であった。
「えっ……お前もか?」
「村に残らなくて、いいのですか?」
「うん……。君たちは、大いなる過ちから、世界を救うと言われてたね?」
「ああ……まあな」
「見てみたいんだ……君たちが、何を成し遂げるのか。そして……ほんの少しだけど、ぼくの力を貸してあげたい」
「いいじゃん!心強いし、人数多ければ楽しいし!」
「ん……まあ、そうだな」
「……ありがとう!」
少年は、彼らが見てきた中で、最高の笑みを浮かべる。
ふと思い出したように、ジェイクが言う。
「そうだ、君……名前は?」
精霊が舞い踊り、枯れ果てた地を、雨で潤してゆく。
その風景は、彼にしかわからない。
そう、この風景は……もう、彼だけのもの。
だから、この世界を……そして彼らを、この目に焼き付けよう。
「ぼくの名前は……レイシー!」
精霊が、笑っている。
この村が死ぬ事は……もう二度と、ないだろう。
〜後書き〜
どうもこんにちは!受験生の鈴掛です!
え?こんな事してていいのかって?
いいのいいの、もう終わっちゃったし……あっ、明後日テストだ(マジ)!
まあ、私的な事情は置いといて。
レイシーくん(最後まで名前出てこなかったね)は、最初すっごい作者好みのキャラでした。結局、ちょっといじりましたが。さすがに、物語の雰囲気に合ってないとまずいですしね。でも、今もちょっとは、好みに合った感じです。
彼は、性別まで二転三転しました。水といえば人魚、人魚といえば女!……って感じがして、でも、今後の展開も考えなきゃいけないし……。結局、「女の子っぽい男の子」に落ち着きました。
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