終章 〜運命の交差する時〜



“邪神よ……。お前は一体、何者なんだ……?”
“我の本当の名は邪神ではない。我は、運命を司る守護神……”

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「うーん……。やっと帰って来たんだ……」
ソルフレイムの町。色取り取りのローブの魔術師が歩き回る風景は、この町から旅立った時と、何一つ変わっていない。
コレットは、しばらく町の入口に立って、懐かしい気分に浸っていた。
と、これまた懐かしい声がする。
「ようコレット!なんか、相変わらずって感じだなあ」
「どうだったんだ、冒険は。楽しかったか?」
コレットの前には、黒髪で小柄な少年と、茶髪で大柄な少年が立っていた。二人とも、最後に会った時のままだ。
「ルイにユーリ……。良かった、二人とも元気そうで」
「どうだ、大冒険したんだから、ちょっとは強くなったんだろ?」
「後で、魔術の見せ合いっこしようぜ。まあ、お前の炎の魔術には敵いそうにないけどな」
コレットは、悲しそうな顔をした。そして、首を横に振る。
「……だめなんだ。一番最後に戦った奴が、ものすごく強くて……。守護神の力を捨てなきゃ、勝てなかったの。あたしもう、炎の魔術も使えない、普通の女の子なんだよ……」
ルイとユーリは顔を見合わせた。そして、真剣な面持ちで、コレットを見る。
「そんなにすぐに諦めるなよ。コレットらしくないぜ」
「え……」
「知ってたんだよ。コレットが魔術を使うために、一生懸命練習してた事。……ずっと、二人で見てたんだ」
「……」
二人の少年は、コレットの方に手を差し出した。
「……何……?」
「つかまれよ。一回ぐらい、空飛んで見たいだろ?」
「大丈夫だよ。おれたち二人の力なら、お前一人ぐらい支えられるって」
「……うん」
コレットは、二人の手を握った。
「いくぜっ!」
「コレットも、ちゃんと呪文唱えろよ!」
三人は、大きく息を吸い込み、魔力を集める。
『せーのっ!』
『留まることなき風よ、我が身に宿りて翼となれ!』
コレットは、自分の身体が軽くなるのを感じた。足にかかる重みが、どんどん減ってゆく。そして……
身体から重さが消えた瞬間、コレットは生まれて初めて、空を飛んだ。
「うわあ……すごい……」
眼下に広がる、少し小さくなったソルフレイムの街並み。遠くには、炎の塔も見える。
景色にすっかり夢中になっていたコレットは、背後で二人が、そっと目配せしたのに気付かなかった。
『それっ!!』
「えっ!?きゃあ!!あ、あれ……?」
突然少年たちが、同時に手を離したのだ。しかし、コレットの身体は、まだ宙に浮いていた。
「おお、飛んでる飛んでる」
「作戦成功だな!」
「どういう……事……?」
「お前はさっき、ちゃんと自分の力で、魔術を使ったって事さ」
「おれたち、お前がいなくなってから、守護神について、色々と勉強したんだよ、な?」
「そうそう。そしたら、すごい事がわかったんだ。守護神の力があるうちは、普通の魔術は使えない。でも、守護神の力がなくなれば、魔術の封印は解けるんだ」
「つまり、お前は守護神の力を捨てたから、魔術が使えるようになったんだ」
「そっか……そうなんだ……」
コレットは、嬉しかった。
あたしは、無力なあたしに戻ったんじゃない。
新しい力を持つコレットに、生まれ変わったんだ……!
「……ありがとう……」
「どういたしまして」
「魔術の練習、がんばれよ。……おれたち、コレットが追いつくまで、待ってるからさ」
「うん……!」
ねえ、おにいちゃん、おねえちゃん……。
もし、今のあたしの姿を見たら、「こんな力、いらなかったんじゃないの?」って思うよね……。
でも、違うよ。あたし、そんな風には思わない。
この力のおかげで、あたし、おにいちゃんやおねえちゃんたちと出会えた。
一緒に旅をして、今まで知らなかった事、普通は知る事が出来ないような事、いっぱい知る事が出来た。
……ねえ、あたし、思うの。
どんなに辛く苦しい事があったって、きっとあたしはがんばっていける。
そう思える勇気は、みんながくれたんだよ……!

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“それなら……お前がれっきとした守護神だと言うなら、お前はなぜ『邪神』と呼ばれるんだ……?”
“我は運命を司る神。しかし、我が人に与えるは試練のみ。幸運は、自らの手で掴み取るしかないのだ。それ故、我は邪神と呼ばれる。……皮肉な事よ、運命の神となった瞬間に、自らの運命を垣間見るとは”

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「レイシー、本当にいいのか?村を離れてしまって……」
「いいんだよ。……村人は、ぼく以外生きていない。だから、ここにいる意味はないんだ。ここは、あるがままの姿で残すよ」
セリアとレイシーは、かつての精霊使いの村、レインフォールを訪れていた。あれからそれほど長い時間は経っていないのだが、村のあちこちで、緑が芽生えていた。
「さて、と。だったら、早いとこ冒険者協会に行って、新しい依頼探さないとな」
「そうだね。……ん?あれは……」
レイシーの視線の先に、一人の男が立っていた。
琥珀色の髪と、翠色の瞳。
「……まさか……!」
セリアは駆け出していた。
まさか、まさか……!
「兄貴!!」
セリアは男の前に立ち、息を切らしながら叫んだ。
「セリア……。しばらく見ないうちに、随分と成長したな……」
「……お前、一体今まで……」
「……強くなったな、セリア」
「え……?あ……」
突然の思い掛けない言葉に、セリアは途惑う。
「……セリアさん」
そんなセリアにレイシーはそっと声を掛けた。
「素直になればいいんだ。自分が思った事を、素直に言えばいい。……それも、強さだから」
「……レイシー……」
セリアは、兄を見詰めた。
彼は、ライバルであり、目標であり……
それでいて、大切な……
「……兄さん……。会いたかった、兄さん……!」
セリアは、兄の胸に跳び込んだ。溢れる涙を、そのままにして。セリアの兄は、そんな妹の頭を、優しく撫でていた。
「セリアさん、良かったね……」
レイシーは、ほんの少しだけ、セリアは羨ましかった。
自分にはもう、肉親がいないから。

「……なんだか、恥ずかしい姿、見せてしまったな……」
「別に、泣くのは恥ずかしい事じゃないと思うよ?」
兄が足早に去ってしまった後も、セリアはしばらく涙を流していた。きっと、長い間押し込めていたものを、一気に流してしまったのだろう。
「……兄貴が言ってたんだ。独りで生きていくのは、一族に生まれた者の宿命……。でもお前には、独りではわからない強さを、知ってもらいたかった、って」
「うん……」
「俺は……、その答えを教えてくれたのは、お前だと思う。お前は、自分の信じた道を、まっすぐに歩める人は、強いと言った……。俺は、力がなくなったとしても、いつか兄貴に追いついてみせる。俺は、その道を……お前と共に歩みたい」
セリアは、手を差し出した。
「駄目……かな?」
レイシーは、首を横に振った。そして、セリアの手を握る。
「ぼくは、これから先……ずっと、セリアさんと同じ道を歩みたい」
セリアが、笑った。あの無表情だったセリアが、本当に、心の底から嬉しそうに。
「じゃあ、行こうか。次の依頼を探しに!」
これから先、苦しい事も、辛い事も、数え切れないくらいあるだろう。
でも、俺は、ずっとこの道を歩き続ける。
……もう、独りじゃないから。

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“それに……運命だって!?……そうか。ぼくたちが生きてきた……そして、これから生きていく人生は、すべて決められていたのか。ぼくが体験してきた事も……すべては、運命だったのか……!”
“その通りだ。しかしそなたは、運命について勘違いしておる。運命とは、道のようなもの。そなたたちの目の前には、無数の道がある。その中から、自分の進むべき道を選び、歩んでいくのは……他でもない、そなたたち自身だ”

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ジェイクは故郷の村に戻っていた。騎士を志して家を出た時は、もう戻るまいと誓ったのに……。
「あれっ、お兄ちゃんじゃない!?」
「あっ、本当だ!」
『お兄ちゃーん!!』
ジェイクを出迎えたのは、二人の弟と、三人の妹であった。
「お兄ちゃん、久しぶりだね!」
「どうしたんだよ、、突然帰って来て」
「う、うん……」
「あれ、ジェイク!?」
「何だよ、全然顔出さないと思ったら、ひょっこり帰ってきやがって」
いつの間にか、故郷の友人たちも集まっている。
「そういえば、聞いたぜ!お前、世界から魔物を消したんだってな!」
「すげえよ、騎士の階級も、随分上がったんだろ!?」
「……」
ジェイクは、あの事を話そうかどうか迷った。しかし、いずれはばれる事だ。
「……実は、騎士はもう、辞めたんだ」
『ええーっ!?』
皆驚いた様子だ。
「な、何でだよ!お前ほどの剣の腕なら、騎士団長だって夢じゃないのに!」
「……僕は、誇りを持った人間になりたかったんだ。だから、騎士になった。……でも、自分の名誉のために、自分の信念と違う事をやっていたら、いつまでもそんな人間には、なれないと感じたんだ」
皆は、黙って聞いている。
「僕は、長い冒険のなかで、僕なりの答えを見つけた。だから、もう、いいんだ。……僕は、剣を捨てるよ」
「……それで、これからどうするんだよ?」
友人の一人が言った。
「父さんと母さんの後を継いで、農業をやろうと思うんだ。……もう、騎士には戻らない」
「そっか……」
「ねえお兄ちゃん、だったら、早くお父さんとお母さんに顔見せなきゃ!きっと、喜んでくれるよ!」
「うん……」
家路につきながら、ジェイクはふと、ライトニアの方を振り返った。
別れ際、僕はあなたの後ろ姿に、声を掛けました。
振り返って、僕を見るあなた。
僕は、迷っていたのです。僕の気持ちを、伝えるかどうか。
結局、僕の口をついて出たのは、月並みな別れの言葉でした。
でも、それでいいんです。
僕の想いをあなたに伝えたら、あなたはきっと苦しむから。
僕は、あなたが、この空のどこかで笑っていてくれるのなら、それで幸せです。
僕は、別れ際のあなたの笑顔を、ずっと胸に刻んで、生きていこうと思います。
――さようなら、レフィさん……。

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“最後に聞かせてくれ。……なぜぼくはここにいる?ぼくは、一体どうなったんだ……”
“その答えはわかっているはずだ……。そなたは一度、死にたいと望んだ。しかし今は、生きたいと願っている。……この先、どんな苦難が待ち受けていようとも、生きたいと願うなら……行きなさい、少年よ”

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「クランディス様、新しい公務です」
「わざわざご苦労」
召し使いが、一枚の手紙を持っていた。
あの戦いから数年。ヴァンダーク帝国の第一皇位継承者は、クランという事になっていた。本人たちの強い要望により、特例として認められたのだ。
ヴァンダーク帝国は、生まれ変わろうとしていた。周辺の国とも積極的に外交し、争いのない平和な国を目指している。
クランも、そんな皇帝の後を継ぐべく、日夜勉強をしているのであった。
「次の仕事は……と」
クランは手紙を開いた。
「ライトニア王女の結婚式典……。そうか、ついに……」

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「王女様、お召し物を替えさせていただきますよ」
「はい。……まあ、素敵なドレス……」
「当然でしょう、一番の記念の日ですもの」
そう、ついに、この日が来たのだ。
レフィは、そっと瞳を閉じ、あの日の事を思い浮かべた。

「クライン……。お願い、目を覚まして……。ねえ、生きて戻るって、約束したじゃない……!」
戦いの決着から、数時間が経っていた。他の仲間たちは皆、目を覚ましたのに、クラインだけは意識を取り戻さない。
「いや、クライン……。世界が救われても、あなたを失ってしまったら……私……!」
「……兄さんは、生きてるよ。死ぬはずがない。……兄さんは、約束を破ったりしないから」
そう言ったのは、クランである。しかし、彼の瞳は、金色をしていた。
「あなた、その瞳は……」
「封印だよ。ボクの力は、兄さんによって、完全に封印された」
「兄さん……?」
「そう。彼は間違いなく、ボクの兄さんだ」
「それなら、やっぱり……」
「う……ん……」
クラインが、小さく声を出した。
「クライン!!」
「おれ……生きてるのか……?」
「クライン……良かった……」
レフィはクラインに抱きつく。
「あ、お、おい……」
「心配してたのよ……。あなた、なかなか目を覚まさないから……」
「……」
クラインは、そっとレフィの肩に手を置いた。
「約束……だったからな。生きて戻るって……。そして……この世界が平和になったら、ずっと一緒に暮らすって」
「え……?」
レフィは身体を離す。
その約束をしたのは……
「クリス……なの?」
レフィの目の前にいる少年の瞳は、宵闇のような藍色をしていた。
「クリス……!生きていたのね……!」
少年は、首を横に振った。
「ぼくは、一度死んだんだ。憎しみや悲しみの渦巻くこの世界に失望して、死にたいと望んだから……。でも、今は、生きたいと思っている。……君たちを見ていて、わかったんだ。人は、どんなに辛く、苦しい事があったとしても……いつかもう一度、笑う事が出来るって」
少年は、レフィの瞳を見詰めた。
「ついさっきまで、ぼくの身体を動かしていたのは、君を傷付けたくない……守りたいという想い。その想いは、今も変わらない。……ぼくは、君を守るために生きる。だからぼく……いや、おれはクラインだ」
「……クライン……」
「レフィ……。ずっと伝えたかった事があるんだ」

「レフィ、準備できたか?」
レフィの部屋に、黒い髪と、藍色の瞳の青年が入ってくる。彼は、スーツ姿だ。
「……ここでは、セルフィアって呼ぶように言いませんでしたっけ?」
「いいだろ、細かい事は……」
「……どうしたんです?じろじろ見たりして……」
「ん?いや……お前には、白い服が似合うな、って思ってさ。……白いローブも似合ってたけど、その服が一番……綺麗だよ」
「……」
しばらく、お互い顔を赤くして、見詰め合う。
「……さ、そろそろ行こうぜ。みんなを待たせちゃ悪いからな」
「ええ……」

二人は、バルコニーに出た。下を見下ろすと、あの日のままの……でも、歳月を隔てた分だけ成長した、仲間の笑顔がある。
レフィはそっと、隣を見た。クラインも、藍色の瞳で、見詰め返す。
……クライン、私、あなたがあの日言ってくれた事、絶対に忘れないよ。

果てしない
運命の交差の中で
一つ一つの出会いと別れなど
ほんの一瞬の出来事なのかもしれない
でも、きっと
それは何かをもたらしてくれる
おれたちの出会いが
世界を救い
自分自身を救ったように

運命が交差する時
その先にあるのが苦難でも
おれはずっと、その道を進んでいきたい
君と一緒なら、きっと幸せに、辿り着けるから

――君と出逢えて、良かったよ
全てが偶然だったとしても
全てが運命だったとしても……


――Fin――


〜後書き〜
私はハッピーエンドの話が好きです。
たとえ、ありえない偶然や、信じられない奇跡が重なったとしても構いません。感動が薄れていても、それでいいんです。
今まで何度も苦しめてきたのだから、最後は幸せにしてあげたいのです。
さて、今回は最後ということで、各キャラに一言ずつコメントを。
レフィ……ですます口調のせいで、感情を表しにくかったですね。まあ、最初は物静かな人だったんですが、後半は性格変わったみたいですね。
クライン……外見以外は、設定がころころ変わったキャラ。最初は謎な人でしたね。レフィには、出会うべくして出会ったのでしょう。
コレット……とにかく元気なキャラ。特に目的もなくついてきたため、出番が少なかったかも。彼女のラストシーンは、結構気に入ってるんですけどねえ……。
ジェイク……報われない人ですねえ……。本人は、それで良しなんでしょうが。コレットと仲が良かったのは、小さい子を扱い慣れてたからなんですね。
レイシー……いわゆるロマンティスト的な少年。精霊使いの村の、変わった風習のせいなのですが、あまり詳しく書けなくて残念。何もない所を見詰めてたり、するんでしょうね。
セリア……一番書き易かったキャラ。少しずつ心を開いていく様子が、うまく表現出来たと思います。レイシーとの、友達以上恋人未満な関係とかね。
クラン……第8章まで、存在すら謎だったキャラ。第7章で、伏線張ったつもりですが……。とにかく、書いてて可哀相になりました。
さて、最後に、ここまで読んでくださったみなさん、ありがとうございます。それから、ホームページに載せてくださった上に、イラストまで描いてくださった陽雲様、本当にありがとう!
もしかしたら次回作も書くかもしれないので、まあ楽しみにしていてください。それでは!


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